□嬉しいのは、私のほう
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―――だってお前の笑顔は、今でも無邪気だから。








 鼠のように台所から食べ物を失敬する『サル』が幸村の配下に入ってから、三日が経った。
 台所は確実に手痛い被害を重ね、今朝などは侍女たちが幸村付きの小姓、海野と望月に直訴してきている。
「幸村さま。あのサルめに何とか言ってやって下さいませんか」
 逃げ足と身の軽さは城内髄一の『サル』にすっかり半日を潰された海野は、主君の肩を揉みながら渋い顔をした。
「手を焼いているようだな」
「笑っている場合ではございませぬぞ。あやつは限度というものを知りませぬ」
 のんびり言って肩越しに振り返った幸村に、海野は困ったように口を尖らせ、よろしいですか、と小言を漏らし始める。
「育ち盛りなのだろう。食べさせておけ」
「いくら育ち盛りとて、あれは多すぎまする」
 小言の勢いで『サル』がつまみ食いした物を列挙する海野の指に力がこもった。幸村が痛みを訴えたが、そ知らぬふりで指圧を続ける。
「たとえ野生児といえども、一度にあんなに食べては腹を壊します」
「―――六は優しいな」
 大きく吐き出された溜め息をなだめるように、幸村は含み笑いを溢した。
「何を申されます、私はあのサルめの心配など一切しておりませぬぞ。侍女たちの反感があなた様に向かぬよう立ち回っているのでございますれば」
 ひどく心外そうに、海野は主君の言葉を否定する。それでも幸村は彼に対する評価を取り下げることはせず、
「照れる必要はなかろう! 六らしくもない」
「お戯れを申されますな。城の食糧は近いうちに底を尽き勢いでございますよ」
 いよいよ眉間に皺を寄せた海野に、幸村は肩揉みを止めるよう言って向き直った。
「しかしな、六。佐助はもう我等が家族だ。お前は、私が腹をすかせている時に食物を取り上げるか?」
「滅相もございませぬ! そのようなこと、私がするとお思いですか?」
「思っていないよ」
 頭が取れんばかりに首を左右に振る海野に、幸村は再び含み笑いを溢して続けた。
「思っていないから、佐助にも食べさせてやってくれと言っている」
 幸村が穏やかな微笑を浮かべながら言うのは、海野が自分の頼みを決して足蹴にしないことを知っているからだ。案の定海野は険しい顔で言葉に詰まる。この男を言いくるめられるのは、城内で幸村のみである。
「幸村さまはいつも私の忠誠心をおためしになっておられます」
 諦めたように嘆息した海野は、恨みがましい目で主君を見た。
「試してなどいるものか。六はほんとうに忠実につかえてくれている。感謝しているよ」
「それならば、少しはこの六めの苦労も察していただきたいものでございます。ご自分で連れ帰ってこられたのですから、躾はきちんとしていただかなくては」
 半ばすねたように海野が言うと、幸村は苦笑しながら彼の肩を軽く叩く。
「わかったわかった。まったく、六は私の爺のようだな!」





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