□冬はまだ遠い
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(ぶちょーへ/誕生日祝い)







 望月六郎は、夏場になると使い物にならなくなる。暑さからくる無気力と食欲不振、それに付随した体調不良―――と言った具合に。普段から口数が多い男ではないけれど、夏になるとその言葉の数はいよいよ少なくなって、一部では彼と意思疎通が出来なくなる者まで出る始末だ。

「やはり、六郎は冬の神の遣いなんじゃないかな」
 そう言うのは小助だ。真田庵の中庭、北に面した一室の前の縁側での言葉である。この庵の中では最も涼しいであろうそこは、望月の為に誂えられたと言っても過言ではない。
「冬の神?」
「だって夏が苦手だし、肌の色も真っ白じゃないか」
 怪訝そうに言葉を反芻した海野に、小助は肩を竦めて見せる。確かに望月の肌は透けるように白く美しい。加えて言うと、彼の毛髪は混じり気のない白銀色をしている。それもまた、言われて見れば「冬」に似つかわしい。
「なるほど、冬の神の遣いがおるゆえこの真田庵の冬はあれほど寒いのだな」
「そうかも。その調子で、夏も涼しくしてくれていいのにねえ」
「それは高望みというもの。当の遣い殿がこの有様ではなあ」
 くすくすと笑って、海野は自身の足元に目を落とした。そこには縁側の床にごろりと横たわった望月の頭がある。気温に比べてひやりと冷たい床は心地が良いらしく、枕も使わず頬を床板にくっつけて寝ている姿は、目に見えて弱っていた。熱帯夜続きで、ろくに眠ることすら出来ぬらしい。
 海野は団扇を左手に持ち直して、緩く扇ぎ出した。風を受ける度に、肌に張り付いていない銀糸がふわりと揺れる。その風は如何せん生暖かいが、無いよりはましだろう。
「……人を化け物扱いするな、」
 その望月が微動だにせぬまま、抗議めいた声を上げる。しかしそれすら力が無いというか、覇気がない。海野と小助は顔を見合わせて苦笑した。
「化け物扱いなど誰がするものか。例え話じゃないか」
「似たようなものだ」
「全く違う」
 穏やかな声で小助が否定する。
「お前は誰よりも人の子だよ、六郎」
「神の遣いならば、このように情けない姿を晒すはずがなかろうしなあ」
 笑みを含んだ海野の言葉に、言い得て妙だ、と小助が賛同する。当の望月はと言えば、反論するのも億劫になったか、黙したまま眉間に皺を寄せて目を閉じている。
 望月の白銀色の髪は生れつきこの色であったという。親には愛を以て育てられたというが、苦労もあったことだろう。加えて、彼には些か特異な能力がある。気にしていない風を装って、彼が外聞に敏感であることは、海野も小助も既知のことだ。

 庇から下げた風鈴が涼やかな音を立てた。遠くに庵の住人たちがつくりだす喧騒が聴こえたが、距離さえ取っていればそれが一層の静けさを引き立てる。有音の静寂を、壊そうとする者はいない。
 そのうち聞こえてきた規則正しい吐息が望月の寝息だと気付いた海野と小助は、顔を見合わせて声を立てぬよう微笑った。
「少しは体調が良くなるといいけれど」
「まったく、世話が焼けるな」
「ほんとはそんなこと、思ってないくせに」
 大仰に溜息をついて見せる海野に、小助はにこにこと言った。口では何と言おうと絶えず望月を扇いでやる彼は、やはり面倒見が良い。―――もっとも、望月の間の抜けた寝顔を見てしまえば、誰だってそうしてしまいそうだ。小助とて何を隠そうその一人である。右手には確りと団扇を持って、この幼馴染みに涼を与えていた。
「まあ、このくらい殊勝な方が、可愛いげがあるというものだ」
「ふふ、そうだねえ」
 心地が悪いほどの生温い風が二人の間を吹き抜ける。うーん、と唸った望月は寝ながらいつものように眉間に皺を寄せていた。その表情(かお)は幼い頃の面影を残したままだったものだから、海野と小助は顔を見合わせて微笑った。

「……それにしても、暑いねえ」







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