□この合図に気付いたら
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 由利ちゃんは、私が抱えるこの狂おしい気持ちを、恋では無いと言った。
 私がまだ、髪を結い上げたばかりの頃だったと思う。物心がついた時には既に私の側に居てくれた彼を、私はすごく好きだ。それは、息をするように当たり前に。すごくすごく好きで、彼が私の頭を撫でてくれるだけで嬉しくて息が苦しくなる。きっとこれが恋なんだと、ちいさな私は考えたのだ。
 少しでも乱暴に扱ってしまったら壊れてしまいそうなその大切な想いを、やっとのことで由利ちゃんに打ち明けた時、由利ちゃんはさぞかし驚いたこととおもう。でも、私は聞いて欲しかった。応援してほしかった。
 それは、きらきらしたこの上なく愛おしい宝物を、見てほしいと感じるのに似ているのかもしれない。
 私のひそやかな打ち明けを請けた由利ちゃんは、少しだけかなしい顔をして、あぐりさま、と私の手を握った。それから、ちいさな子供に言い諭すように、優しく、けれどはっきりと、私の宝物を否定した。

 あの当時は酷く傷付いたものだ。裏切られたようにさえ、感じた。
 けれども今振り返ってみると、あれは否定ではなくて、忠告であったのだと―――理解っている。
 彼、は父の家臣だった。身分の違いなどは殊更取り立てて問題にすべきことではない。しかし、彼の性質を考えると、主君の娘を妻に迎えようなどということは間違っても承諾しないだろう。由利ちゃんはそれをよく知っているから、私の恋がまだ幼いうちに諦めさせようとしたのだ。

―――あぐりさま、それはおそらく、恋ではなくて憧れなのですよ。

 私は、あの時由利ちゃんの忠告を受け入れていればよかったのかもしれない。そうしたらきっと、こんなにも、辛い思いをすることはなかったのだろう。
 けれど、どれほど回顧したところで、私にはやはりこれは恋じゃなくて憧れなのだと思うことなど出来ないのだ。
 だって、私は今でも尚、彼を―――六を、好いている。愛している。仮令あの頃は憧憬であったとしても、六が亡き後も色褪せることなく続くこの想いは、憧憬を超越したものに成ったに違いない。


 毎年盂蘭盆の時期になると、私はこっそり迎え火を焚く。旦那様に知られてはいけないから、誰も居ない場所を探して。墓参が叶えば良いのだけれど、何分にも六は墓を持たない。私が建てることが最上だが、そのようなことを出来る身分でもないのだ。
 だから、只管な愛と謝意を込めて。
 いつか最期を迎えるその時には六が私を導いてくれるように、私は、今年も空高く狼煙を上げるのだ。











この合図に気付いたら
(どうか一刻も早く、私を迎えに来て下さい)

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