十
□散らばる声に本当のきみを見つけました
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01.
なにゆえ、ときかれても困る。あの方は我が主君の大切な姫君なのだぞ。私は単に一臣下でしかなく、想いに報いてやろうなどと思うは烏滸がましいことだ。私は親子ほども歳が離れている姫様をそのように不埒な目で見たことは一度としてない。―――まことだ。姫様の幸せのみを祈って生き、死んでゆくのだと心に決めている。
生真面目な軍師はひどく饒舌になって、盃を片手にそう語った。俺の目など、一瞥もしない。この男の双眸は、いつでもいまここにはいない可憐を注視している。いつでも、だ。
御立派な心意気ですねィ、と嘲笑ってやると、男は満足げに目を細めた。
いいわけ
(そうやって、何者の心をも隠しているあんたは狡い)
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02.
あぐり、雪が融けたならば野を駆けようぞ。
笑んでくださる旦那様はいつでもお優しいのです。賊将である我が父を敬い、その娘たるわたくしを貴んでくださいます。あたえられる愛はやわらかにわたくしを包み、甘やかすのです。
屹度、これが幸福というものなのでしょう。わたくしは世にあまねく存在する理不尽のひとつも被らずに、生きてゆけているのですから。生きて、美しい着物を纏い、優しい旦那様に大切にしていただいています。恵まれたこの身を、歎くことなど赦されてはならないのです。
幸福は傷みを伴いながら私を追うんだ
(たとえあの方がいらっしゃらなくても、わたくしは幸福で、世は平らかなのですね)
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