夏目友人帳 短編

□リナリア
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雨が降っている。

窓の下から見上げる空はひどく淀んでいて今の僕の心を映しているみたいだ。


「ーー…嫌になったら帰っておいで。」


夢の中で何度も何度も繰り返し見た。
優しい声とあたたかな笑顔。

君は今、何を考えているのかな。

僕のことをほんの少しでも覚えてくれているかな。



始まりはたった一通のメール。

「初めまして。」

ずっと憧れてた彼女になけなしの勇気をだして送ったメール。

びっくりするくらい早い返信に思わず携帯を落としちゃってさ、メールを開くのに何分もかかったんだ。


嬉しくて、泣きたくて、不安で、怖くて、君に拒絶されたらどうしよう、って。

弱虫の僕は嘘で塗り固めたまま君の心に触れたんだ。


君があんまりにも優しくて、あんまりにも眩しいから僕は自分の醜さに目を背けられなくなった。


『聞いてほしいことがあるんだ。』


僕の薄っぺらな嘘はあっという間に剥がされ、君はいなくなってしまった。


…たった三日間の夢だった。

たった152通のメールだった。


今でも忘れられない。

こんな僕のことを愛おしく想ってくれている子に出会っても、君を忘れられずにいる。


ーー時折、あの子が寂しそうに笑う。


少しだけ伸ばした手をそっと下ろして、抱きしめて、と笑う。

決して僕に触れることのない手は何もかもをわかっているのかもしれない。

いっその事、なんて酷い男だと罵ってくれた方がマシだというもの。


傷付けていることが分かっているのに、あの子を手離せずにいる。

手離せずにいるくせに、僕の瞼に映るのは君の姿だけ。



ーー…ねえ、あの時君は僕のことを好きでいてくれた?



たった152通のメールの中で一緒に出掛ける約束を沢山したね。

一緒に笑って、一緒に眠って、君の好きな歌を歌って。


どれだけ月日が流れても忘れられずにいるんだ。


聞いたことも無い君の声を、触れたことも無い君の肌を。



ーーメールだけだった。



それだけが僕たちを繋いでいたんだ。




「リナリア」
この恋に気づいて
 

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