SS
□滲む声
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そのときが来るまで私はただ、あなたを抱きしめる練習をする
ホルモン臭い。
制服にホルモン臭が染み付いてしまうだろうに。
いや、もはや教室がホルモン臭に支配されてるかもしれない。
ここは焼肉屋?
お腹空いたな…
この状況下で思考が食欲に囚われるそこは甘んじて欲しい。
後ろでダベり散らすそれと同じ名前の5人組。
そもそも好きな物を自分達のチーム名にするなんて少しばかり安直過ぎて笑えもしない。
ちゃっかり舎弟気取りの奴までその輪に入っている。
小さく溜息を吐いて窓越しに空を見る。
いい天気。
微笑みながらしばらく眺めているとなんだか廊下が騒々しい。
ドタドタと廊下を駆ける足音が教室前で止まると同時に勢いよく開かれた扉から元気一杯に自分の名前を呼ぶ声。
「前田ーー!!会いに来たぞーっ!」
教室中がざわめいた。
なんせ天下のラッパッパ部長様のお出ましなのだ。
ダベっていた5人組の箸が宙で止まる。
あの舎弟気取りまでも言葉を飲み込んだ。
緊張と動揺が飽和する中、満面の笑みを浮かべる部長様と、名前を呼ばれたけれど未だ空を眺め続ける二人にはそんな空気はまるで感じていない。
「まーえーだーっ」
ズカズカと部長様の歩く道を作る。
机を退かしたり椅子を放り投げたり。
部長様はそれすら気にも止めずに名前を呼んでその主に一直線。
乱雑に放置されていた椅子で前田の机の前に座る。
「まーえーだー」
こっち向けよー空より私見やがれよー。
拗ねる部長様を初めて見る教室のヤンキー達は、これがあの大島優子なのかと頭にクエスチョンマークがびっしり浮かぶ。
ギャップか?ギャップなのか?
何処からともなくそんな声。
何より何故前田なんかの所に?
誰もが迷宮入りの目前の珍光景。
大好物を食べる事も忘れ、箸を下ろす事さえも忘れひたすらそこを凝視するホルモン軍団に瞬きを忘れた舎弟。
「なぁなぁ前田ってばよぉー」
「うるさいです」
ようやく優子に向いた敦子は迷惑そうに顔を顰める。
構ってくれオーラ全開の優子はそんな敦子などお構いなしで、やっとこっち向いたー、とこれまた嬉しさ全開の笑顔。
「ここへは来ないでくださいって言ったはずです」
形のいい眉を寄せて敦子は優子を睨む。
それを聞いた優子はぶぅーと膨れっ面。
「会いたかったんだからしょうがねぇじゃねぇかよぉー」
冷てぇこと言うんじゃねぇよー。
机に顎を乗せてうなだれる優子に敦子は淡々とした口調で続ける。
「迷惑です」
はっきりと告げた敦子に、それまで二人のやり取りに呆けていた教室中の全員がさすがにその一言はまずいと身を固くした。
大島優子が怒り狂ったらこの教室は悲惨な事に成り兼ねない、と。
ところが。
「えーーーっ!!何で!?何でだよ!?」
教室中に響き渡る声で不満を垂れ流す優子にただただ色んな意味で全員驚くばかり。
そんな優子を体よくあしらう敦子に更に驚いたり。
「自分の立場わかってるんですか?みんなびっくりしてるじゃないですか」
そんなの関係ねぇじゃねぇかよー会いたくて来ただけじゃねぇかよー、とわざとらしく鼻を啜る優子。
珍しく頬杖を突いて、少しはわきまえてください、と敦子。
そんな光景に頭が追い付いていかない教室連中。
「あれ…大島優子…だよな…?」
「ああ…多分…」
「何か…前田の方が状況的に勝ってるようなのは気のせいか…?」
ようやく箸を置けるまでに頭の整理がついたらしいホルモン軍団。
「ま、まああれや、あつ姉には誰も勝てんちゅうわけや」
顔が引き攣りながらもあながち間違ってもいない分析をする舎弟。