セラムン小説


□Love Day,episode00
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これは、まだ二人が知り合う前の物語。


それは中学3年の夏休みのこと。

いつものように朝早く目が覚め、ベランダの花に水をやると、空模様を確かめ身支度をする。
夏休みになっても亜美の生活は規則正しい。
毎日のように図書館で読書や勉強をする。自室でするよりもはかどる為だ。
彼女のお気に入りの図書館はテラスがあって観葉植物を眺めながら本が読める。
家からは少し遠いが、長期休みを利用して電車で通っていた。
普段は学校と塾と本屋くらいしか利用してなかったわけで電車での移動はなんだか新鮮だった。
窓辺からは海が見え、水平線を眺め、夢の世界に入る。
本を片手にすやすやと寝息を立てて目的地まで揺られる。

亜美がこの図書館に赴く理由はもうひとつあった。
いつもテラスの隅で読書をしている彼。
話したこともないけれど少し気になっていた。
歳は同じか少し上くらいの整った顔立ちの彼は他の人たちより明らかに見映えしていた。
眼鏡が似合うその彼は、いつも一人で本を読んでいる。
難しそうな厚い本を一日中読んでいるのだ。
ちょっと声をかけてみようかと、何度もそう思ったのだが口下手で人見知りの激しい亜美にはどうしても自分から話しかけることはできずいつも遠くから見ているだけだった。

先日までの本を読み終え新たな本を探していると彼がいた。
どうやら彼も本を探しているらしい。
なんとなくいたたまれない雰囲気にその場を離れようとすると隣から声が聞こえてきた。

「なにか、お勧めの本はありますか?」

周りを見るが私と彼以外には誰もいない。まさか私に話しかけてるんじゃ、と現状を不思議に思いきょろきょろと辺りを見渡すとくすりと笑い声が返ってきた。

「おもしろい方ですね。あなたしかいないでしょう?」

「どうして私に?」

疑問をぶつけると少し照れた感じに彼はいった。

「失礼、いつもここに来ていらっしゃるので気になってしまって。それに…あなたも本はいっぱい読んでますよね。」

どうしようかと焦る。だってそうだろう。自分が気になっていた相手がおなじ気持ちだったなんて。
それと同時にもっと相手のことが知りたくなる。胸のドキドキより、緊張より、彼への興味が勝っていた。

「えぇ。どのような本がお好みなんですか。」

「そうですね。星とか、惑星を見るのが好きですね。図鑑でしょうか。」

「このあいだ読んでいらしたのは図鑑だったんですね」

はっと口を噤む。これではいつも彼の方を見ていたのがばれてしまう。
いや、実際問題ばれてはいたのだが。
それだけ、ずっと彼を見ていたということだろう。
亜美にしては珍しいことだった。異性を意識なんてしたことがなかったため、どうしたらいいのかわからない。いまも自分の気持ちを理解できないでいた。

「おや、みられていたのですか。お互い様ですね」

いつも亜美が自分をみているとわかっていても特になにも言わない。彼も少なからず彼女に好意を抱いていた。
おとなしくて、ちいさくて、きれいで可愛い文学少女。どこをとっても自分の好みとぴったり一致する彼女を嫌いになれるわけがなく、むしろもっと話してみたい。もっと知りたいという欲求に駆られていた。

二人で本を選んだあと、一緒に座って読むこととなった。訊けば彼は亜美と同い年であるらしく、今やっている宿題をみてくれるという。学年首席の亜美と張り合えるくらいの丁寧な教え方で、こんなすばらしい方、同学年に居たなんて…と驚きを隠せない。
彼のほうも亜美の物分りのよさ、集中力に驚いているようで、つくづく似ているんだと思ってしまう。

それから、図書館で会えば、一緒に過すようになっていった。
一緒にいると心が落ち着く。
それはお互い感じていたし、一緒にいて当たり前の存在になっていった。
しかし、この関係が終わることを二人は知らない。
亜美は夏休み限定でこの図書館にきていること。
そして、彼の事情も亜美は知らない。

夏休み最後の日。
亜美はいつもの図書館にきていた。
彼の姿はどこにもみえない。
いつも彼の座っていた席にいくと、例の図鑑が置いてあってその下には手紙が書かれていた。


DEAR いつもここで逢う君へ。

別れの挨拶もいえないまま、このような形でここを去ることになって申し訳ありません。
予定より少し早く故郷に帰らなければならなくなりました。
ここであなたに出会えたこと、とても嬉しく思っています。
またいつか、逢えたらいいですね。お元気で。

FROM  大気 光



亜美の目からはぽろぽろと涙が零れ落ちていた。
(ずるい。こんな手紙残して。)
(ずるい。最後の最後に名前明かすなんて。)
(ずるい。私をこんなに好きにさせて、)
(もう他の人、好きになんてなれないじゃない)


最後までお互い名乗らなかった二人。何時か別れることがわかっていたのか、あるいは――

いずれにせよ、淡い夏はこれにて終わることとなる。
偶然か必然か。
運命の輪は再び交差する。

数年後、手紙の名前を覚えていた亜美は彼と再会を果たすのだが、それはまた別のお話。
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