企画

□濡れた頬に、
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泣きそうな空だと思ったら、そう思ったのが分かったかの様に、雨が降り出した。
ざぁざぁと遠慮無しに、世界中がまるでその音に飲み込まれたかのように、雨の音しか聞こえない。

一瞬にして辺りを煙らせた雨に、思わずため息を吐いた。


あっと言う間にずぶ濡れになって、急いでどこかに雨宿りを、と言う気持ちさえ起こらない。
今更雨宿りをしたところで、何も変わらない。

周りが慌てて駆け出すのを、のんびりと見ながら歩いた。

「おい!」

そんな中で、声が聞こえた。
振り返れば、隊服の上着で雨から逃れるようにしている、目つきの悪い男。

「・・・十四郎。」

「何やってんだ!」

そんな声と一緒に、引かれる腕。
ばさりと頭からその隊服を被せられる。

「十四郎が濡れちゃうよ!」

そんな声は雨音にかき消された様で、十四郎は振り返りもしない。
ただ強く腕を引かれて、真っ直ぐに店屋の軒先に連れ込まれた。


周りには、同じように雨宿りをする人たち。

一様に空を見上げている。

私も空を見上げれば、視界の端に十四郎。

上着を被せた私の頭に、離された手が乗せられた。
十四郎の視線は、周りと同じように、空を見上げている。
その眼は睨み付けている様で、雨にケンカを売っているみたいだ。

そのまま小さく唇が動いたので、おそらく舌打ちをしたのだろうと思った。

その音さえも、雨の音に飲み込まれた。

周りの音も、何もかもが、一層大きくなったざぁざぁと言う音になって、私の耳に届く。

何だかそれが怖くなって、十四郎のシャツをきゅ、と握った。
それに気付いて、十四郎がこちらに視線を落とす。

口の端だけを歪ませて笑うと、頭に乗せた手に少し力を込めた。

それだけのことで、私は容易く安心してしまう。


久しぶりに十四郎を見た気がする。

いつも忙しいのに、毎日きちんと電話をくれる十四郎に、不安になる事は無い。
けれど、それでも顔を見ない日が続くと、やっぱり寂しくなる。

少しでも十四郎の体温を感じたくて、濡れた体に自分の腕を回した。
濡れたシャツから伝わる体温。
直に触れられないもどかしさが胸を打つ。


ふいに十四郎の顔が近づく。
髪の毛からは、ぽたぽたと雫が落ちてくる。

被っていた隊服の上着を、少しめくられた。

十四郎の濡れた髪が、頬に触れる。
冷たい雨が、何故か温かかった。

「お前ぇンちで、雨宿りしてもいいか?」

耳元で聞こえた声は、雨音にかき消されず、私の耳に甘く響く。

返事の代わりに、十四郎の濡れた頬に、触れた。
直に触れた温かい頬は、冷えた体をじんわりと温めた。


十四郎は、満足そうに笑う。
その表情に、私の心は温もる。



私の手を取って、軒先から駆け出す。
さっき軒先に駆け込んだ時とは打って変わって、互いの足取りが軽いように感じる。


雨で冷えても、温め合える体温がある。
それだけで、雨もいいものだ、と現金なことを思った。



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