企画
□指先だけでそっと、
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体に回された温かい腕で、目が覚めた。
その温度と、抱きしめる優しい腕に、酷く安心して目を開くと、目の前に十四郎の顔。
十四郎の目は、私を静かに見ていた。
幸せな目覚めだ、と思う。
いつでも会えるわけではないし、会っていても呼び出しがあればすぐにでも帰って行く。
けれど、たまにこうしてゆっくりと抱き合える時間がある。
それだけで、堪らなく幸せになれる私は、相当この人のことが好きなのだと実感する。
「・・・まだ寝てろ。」
ゆっくりと、寝起き独特の、少し擦れた声で十四郎が言葉を紡ぐ。
「寝れないの?」
「いや・・・。」
そう言った十四郎の瞳は、少しだけ、本当に少しだけ翳っていた。
普段生きていて、「死」と言うものは身近にあっても気が付かないものだ。
けれど、この人は本当にそれを身近に感じている。
『俺はいつ死んだっておかしくねぇ。死ぬ覚悟はとっくに出来てんだ。』
そう自分に言い聞かせるように言った彼に、自分の願望の様な言葉を口にしたのは、ずいぶんと昔の様な気がする。
あの日十四郎は、死にたくねぇと、小さく小さく、私の耳元で呻いた。
生きていて欲しいと、生きたいと願って欲しいと言う、私の願望。
それが彼の願望でもあったのだと分かった日。
その時の残滓が、今の彼の瞳を少しだけ翳らせているような気がした。
私に出来ることは、とても少ない。
私の温もりや、背を撫でる手で、少しでもこの人に安らぎを与えられればと願うことだけ。
願って、そうするだけ。
そのくらいしか、私には出来ない。
ゆっくりと目を閉じた十四郎の背を、ゆっくりと撫で続ける。
瞳は閉じられ、もう翳りは見えない。
それだけで私は安堵する。
しばらくすると、規則正しい寝息が聞こえてくる。
それに思わず頬を緩ませる。
外からはまだ、雨の音がしていた。
十四郎が睨み付けるようにしていた空は、まだ重い雲を垂れ込めているのだろう。
背に回した手を、十四郎が起きないように静かに離す。
そしてその肩に触れる。
そのまま手を滑らせ、腕を撫でる。
そこにある小さな傷たちに、指先だけでそっと、触れる。
彼が生きる場所は、常に死と向かい合うような場所。
私が生きる場所は、身近に死があっても気付かないような場所。
こちらで生きて欲しいと願っても、あなたはきっと自分が生きる場所へ向かう。
それを止めることなど出来はしない。
それは、十四郎が選んで進む道。
その道の途中で、疲れてしまったり、辛くなってしまったら、私の所へ寄り道してくれればいい。
私はその時、十四郎にせめてもの安らぎを与えられれば、いい。
安らぎを与えてあげられる存在で居たい。
体中にある傷跡は、私をいつも泣きたい気分にさせる。
その傷跡すらも、愛おしいと言ったら、きっと呆れたように優しく抱きしめてくれるだろう。
きっとそれで私は、泣きたい気分など忘れてしまう。
ゆっくりと、無造作な黒髪を撫でる。
そこからは雨と十四郎の匂いがした。
それに酷く安心して、私も眠りの世界へ落ちて行く。
心地良い体温に包まれながら見る夢は、きっと幸せな夢。
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