企画
□甘く揺れる髪に、
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ピリリリリ、と機械的な音で心地良い眠りから引き戻される。
一向に鳴りやまないその音は、どこか遠いところから聞こえて居るようだった。
ぼんやりと眠りと現実の狭間で意識をたゆたわせていれば、いきなり腕の中の温かさががばりと起きあがった。
めくられた布団から少しだけ冷えた空気が入り込んでくる。
「十四郎!電話!!」
その声に目を開ければ、腕の中にいた彼女が床に散乱した服を漁っていた。
「早く出ないと切れちゃうよ!」
慌てたような声は、先ほど腕の中に居た彼女とは別人の様だ。
「・・・ほっとけ。」
電話の相手など、容易に想像が付いた。
布団から身を乗り出して携帯を探すその細い腰に腕を回す。
そして再び布団に引き込めば、その手には甲高い音を鳴らすものが握られていた。
思わず舌打ちをすれば、ずいと目の前に突き出される携帯。
一向に切れる気配のない携帯を手渡され、思わず終話ボタンを押した。
喧しい音はその瞬間ぴたりと止まる。
それを枕元に投げ捨てるように置いて、彼女を抱き寄せる。
「・・・切れちゃった?」
「・・・あぁ。」
まだしばらくこうしていたくて、嘘を吐く。
「掛け直した方がいいんじゃないの?」
そんな言葉ごと、唇を塞ぐ。
こいつはいつでも、絶対に俺を拒否しない。
それが酷く心地良く、それに比例するように、酷く不安を駆り立てる。
どこまで受け入れてくれるのか。
どこから俺を拒絶するのか。
返り血で染まった俺を、こいつは受け入れるのか、拒絶するのか−−。
ゆっくり唇を離し、目を合わせると、ふわりと笑まれた。
俺が一番好きな表情。
それだけで何もかもがどうでも良くなってしまう。
拒絶などしないと、信じてしまう。
相当逆上せてンな・・・。
今更の考えが頭を過ぎって苦笑した。
それに気付いたのか、笑んでいた顔が、今度は疑問の色を浮かべた。
なんでもねぇよと呟いて、もう一度口付ける。
唇が触れあった瞬間、またピリリリリと甲高い音がした。
目の前には咎めるような彼女の目。
軽い舌打ちと共に、渋々通話ボタンを押す。
『副長!!どこに居るんですか!!!』
耳から離しても聞こえる山崎の声に、眉根が寄ったのが自分でも分かった。
「あー・・・、何かあったか?」
『何かあった訳じゃ無いですけど、」
「じゃあ切んぞ。」
『ちょ、ちょっと!見廻りから帰ってこないから心配してるんですよ!』
そんな山崎の声が聞こえたのか、彼女はするりと布団を抜け出し、床に落ちた着物を纏った。
「煩ぇな・・・。もう少ししたら隊車回せ。どこに居るか分かってんだろ?」
携帯の向こうで山崎がため息を吐いたのが分かった。
「じゃぁ30分くらいしたら車出しますよ・・・。」
それに了承の返事をして、通話を終わらせる。
部屋に彼女の姿はなく、キッチンの方で火のつく音。
通話中に用意された着流しに袖を通し、そちらへ足を向ける。
「お腹空いてる?」
「いや。」
動く度にふわふわと甘く香る。
その甘く香る髪に、触れた。
さらりと指を擽り落ちてゆく髪。
その後を追って肩に手を掛けこちらを向かせる。
振り返る表情は、やはり笑顔。
こいつの笑顔を守るためなら、何だってしてやる。
抱きしめながら1人、静かに決意した。
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