企画

□君を確かめるように、
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十四郎に抱きしめられると、たまに、無性に泣きたくなるときがある。

抱きしめる手が緩く優しいときも。
二度と離さないように強く強く抱きしめられるときも。
縋るようにかき抱かれるときも。

その手は同じ手なのに、何かに心を揺さぶられる。

揺さぶられ、震わされ、攪拌されて、残る気持ちも一緒なのに。

たまに、無性に泣きたくなってしまう。

落とされる口付けも、頬に触れる髪も。
十四郎が私に与える全てに、泣きたくなる。

それは離れなくてはいけないから、なんて簡単な理由ではなくて。

口では言い表せない、自分でも分からなくなる気持ち。

愛しいと思う気持ちの裏側にあるような、そんな気持ち。


しゅんしゅんと後ろでお湯の沸く音がしている。
火を止めなくてはと思うのに、十四郎に回した腕は言うことを聞いてはくれない。

緩く合わせられた着流しから覗く素肌に、頬をすり寄せる。
綺麗に引き締まった硬い肌は、それでも私を柔らかく包む。

その肌から煙草の匂いがしないのは、私が何度も擦り寄ったせいなのだろうか。
ただ、十四郎の匂いがする。

ふと、肌を合わせてから、まだ十四郎が煙草を吸っていないことに気付いた。
十四郎のためにある、私の部屋の灰皿は、まだ綺麗なまま。


かちりと十四郎の手で火が止められた。

「・・・服、渇かさなきゃ・・・。」

雨に濡れたまま、脱ぎ捨ててしまった服は、まだ渇いていなかった。

乾燥機に入れて、アイロンを掛けて。
頭の中で計算する。

山崎さんが迎えに来るまでに間に合うだろうか。

「屯所に帰れば隊服の換えくらいある・・・。」

このままでも帰れる、と頭上で呟く声が、微かに揺れていた。

「・・・シャワーくらい浴びて行く?」

以前そのまま帰ったら、総悟くんに私の匂いがすると言われたと、苦々しく言っていたのを思い出した。

「いや、・・・いい。」

「でも・・・。」

「どうせここに居るのは分かってんだ。」

抱きしめる腕に少しだけ力が入った。

「それに、てめぇのシャンプーやら使ったら、同じこと言われるに決まってんだろ。」

同じことを思い出していたのだと分かって、少し笑った。

「・・・てかよぉ、何で総悟がてめぇの匂いだのシャンプーだの知ってんだ・・・。」

「・・・十四郎のせいじゃないの?」

「あ?」

手が肩に掛かって、体を離された。
のぞき込まれた目は、何もかも見透かすように鋭い。

「私の匂いさせて帰るから、でしょ?」

笑う私に向けられるのは、その言葉に対する返答でも何でもなかった。

「・・・何で泣いてんだ?」

泣いてなど居なかった。
ただ、泣きたい気分になっただけ。

それすらも見透かすようで、愛しくて愛しくて堪らなくなる。


ゆっくりと頬に手を添える。
そのまま耳、髪を撫で、首筋に手を当てる。

どくどくと血の巡る音がした。

十四郎は私の動きを遮ることなく、同じように私を撫でる。

その手がとても気持ちよくて、泣きたい気分などどこかへ行ってしまった。
私はとても簡単にできているらしい。


互いに、相手を確かめるように、触れあう。


もうしばらくしたらきっと山崎さんが控えめにインターホンを鳴らすだろう。

それまではただ、互いの体温に浸っていたかった。
そのくらいの時間は、きっと許されるはずだ。


きっと十四郎は煙草を1本だけ吸って、綺麗なままの灰皿に、十四郎の存在を残して帰って行く。
私はそれをしばらく捨てられず、やっと捨てた頃にまた十四郎が訪ねてくるのだ。

いつもの繰り返し。
それが私たちの生活。

離れても、何度でも繰り返して行く、愛しい日々。



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