企画

□瓦解するもの
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「は?今何つった・・・?」

「耳遠くなったんですかィ?さっさと副長の座譲って、隠居してくだせェ。」

「もう一回言えって言ってんだよ!」

チッと総悟が舌打ちをして、再び告げられる言葉に、がらりと足元から何かが崩れて行く気がした。


「あんたが足繁く通ってた団子屋の女が、結婚するって言ってんですよ。」


俺には関係ねぇと、その場を後にする。

「どこ行くんですかィ。」

「・・・見廻りだ。」

「俺ぁみたらしでいいですぜィ。」

「・・・見廻りっつってんだろ!」


言いながらも、足は自然に団子屋へと向かい。

店の前で水をまく女を、遠目から呆然と見つめた。


この時間、いつも掃除して打ち水をする。

それを知っている理由など、分かり切っていた。


ふと顔が上げられ、その目が俺を捕らえる。
ふわりと笑って、

「土方さん。」

掛けられる声はいつも通りで。
けれどもう、他の男に嫁ぐと決まった女。

動かない俺を訝しげに見て、こちらへゆっくり歩み寄る。

「どうしたんですか?」

具合でも?と心配そうな表情。

お前がいつもそんなだから、俺はずっとそのままそうやって、ここに居ると思ってたんだ。

「・・・結婚するって、聞いてな。」

心配そうな表情は、その瞬間酷く幸せそうな笑顔へと変わる。

「それでわざわざ?」

「・・・あぁ。」

ありがとうございますと紡ぐ唇は、幸せそうに弧を描いていて。

「・・・幸せなのか?」

聞くまでもないことが口をついて出た。

「・・・願っても無い程の縁談ですし。」

大店の若旦那の元へ嫁ぐと言うその声。

優しく柔らかく、けれど俺の思考をどんどん冷やしていく。
ずるりと腹の中の黒いものが溢れ出た。

「・・・ちゃんと気持ち、あんのか。」

酷く幸せそうな顔をした女が、少しだけ表情を崩したのに安堵した。

「大店になんぞ嫁いで、やって行けんのか。」

追いつめるように次々言葉を落とす。

すっと目が細められ、次の瞬間ふわりとまた微笑まれた。

ざわざわと騒ぐ胸が、一瞬止まったような気がした。

微笑んで少し俯いて目を逸らす。
その唇が弧を描いて居るのが見えて、再び胸がざわめく。

「・・・心配、してくださってるんですか?」

良い方へ考えるのは、この女の長所か短所か。

「・・・心配なんかじゃねぇよ。」

ただの嫉妬だと告げたら、どうなるのか。

どうなるものでもないだろうに、そんなことを思う。

大店との縁談なんぞ、俺にはどうすることもできやしねぇ。


がらりがらりと音を立てて、足元から徐々に。

いつしか全て崩れて壊れる。



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