企画
□鵜の真似をする烏
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「さようなら。」
"あいしてる"と言ったのと同じ唇が、そう告げた。
同じ五文字の言葉なのに、その意味は天と地ほどに違っていて。
俺は何も言えずに、呆然とその背を見送ることしか出来なかった。
聞き込みだと偽って、何度も何度も声を掛けた。
嫌がる素振りもなく、静かに笑って答えてくれる優しさを、常に側に置きたいと思った。
思って、ただ俺の側に居ろと言った。
その時も静かに笑って頷いてくれた。
静かな笑い方が、花のようだと思った。
我ながらクサいとは思いつつ、それを告げたとき、何故か切なそうに笑った。
その意味さえ、俺には分からなかった。
別れを告げたあいつの真意すら、分からないまま。
ただ時間だけが過ぎ行き、俺はまだここに取り残されたままだ。
「・・・十四郎さん?」
その声を聞いた時、しまったと思った。
未練がましくまたここに訪れたのだと思われやしないか、ひやりと何かが沸き上がる。
別れた今でも、しつこい男だと嫌われることに怯えている。
いくら時間が過ぎようと、取り残されたままの俺は、いつまでもあの時のままだ。
ゆっくりと振り返り、懐かしい姿を捕らえる。
そこに浮かんだ静かな笑みに、思わず目を見開いた。
まだそうやって俺に笑いかけてくれるのか−−・・・
目を見開いた俺を、きょとんとした顔で見つめ返す。
そして何故か苦笑した。
「・・・そっか。・・・そうですよね・・・。」
1人納得したような呟き。
逸らされた目がまた俺を見上げる。
沸き上がる熱は未だここにある。
それを自覚させるように心臓が早鐘を打つ。
「お仕事ですか?」
「・・・あ?あぁ・・・。」
阿呆のように、ただ口を開いて音にした。
向けられる笑顔は、以前のそれと少し違っていた。
「ご苦労様です。」
軽く頭を下げて、笑う。
ゆっくりと花開くような笑みはそこには無く。
ぱっと咲き誇るような笑みが、そこにあった。
「・・・変わったな・・・。」
思わず呟いた俺に目を見張る。
そしてまた苦笑。
どれだけ時間が過ぎても、こいつの気持ちは分からないままだ。
「いくら頑張っても、烏は鵜になれないんですよね。」
「あ?」
「"鵜の真似をする烏"ですよ。」
知りませんか?と問う目の前の女に、見惚れる。
「・・・知らねぇな。」
「・・・そんなことわざがあるんです。」
ふふ、と笑う顔は酷く楽しげで、その表情は見たことが無いものだと気付く。
手に入れて側に置いて、いつも静かに笑っていた。
けれどこんな風に楽しそうに笑う顔を、俺は見たことが無かった。
こんな顔もするのかと思うと同時に、沸き上がったのは嫉妬と絶望。
誰がこいつに、こんな顔を教えたのだ。
俺はこいつに、こんな顔をさせてやれなかった。
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