その他連載

□お試しaoex03
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(これは、少し未来のはなし)








例えば、兄上はあんな風に笑ったりしない。
例えば、兄上はあんな風に人間に触れない。



だから知りたい。
甘い香りのあの少女が、何者なのかを。ただの人間がなぜ―――



こんなにも、悪魔を虜にさせるのかを――




(狂って、しまいそうです。ボクも、兄上と同じように)








スン、と鼻を鳴らす。メフィスト邸には、何時からか甘い香りが漂うようになった。微弱なそれを感じるのは悪魔である自分だけだが、アマイモンは迷うことなく香りを辿る。



「シュタッ」



とある部屋に忍び込めば、目的の人物は広いベットに横たわっていた。お察しの通り、アマイモンが足を踏み入れたのはメフィストと青藍の寝室。幸い寝ているのは青藍だけである。規則正しい寝息が聞こえ、彼女が深い眠りについているのがうかがえる。朝日がさす部屋の中、青藍の白く剥き出しになったうなじと肩がいやに目についた。アマイモンの喉が急激に渇く。



「青藍……」



彼女に近づき顔を覗き込んでも、疲れているのか起きだす気配は無い。起きてほしいような、このまま寝顔を見つめていたいような。でもやはりあの蒼い瞳を見たい。アマイモンは結局彼女を起こすことにした。…力尽くで。



「起きてください、青藍。」



白い肌に触れて、出来うる限りそっと体を反転させる。


『……、ん……』

「青藍、起きないと―――


漏れる声に僅かに意識を奪われたと同時に、アマイモンの視線は彼女のある一点で止まる。


「何ですか、コレは」


白い、雪のような肌に無数の赤い華。鮮やかなそれは首筋から鎖骨まで転々と散っていた。アマイモンは人間界の常識や理念に疎いが、これは"所有印"だと。雄としての直感で感じた。



「――兄上と、ですか?青藍。いや、兄上しかいないです。他の人間がやったのなら、ココはとっくに血の海ですし」



この、清らかな少女が、兄上と?考えただけで――どうにか――なりそうだ。ギリ、握り締めた手の平から血が滴った。ぐるぐる、ぐるぐる。激情がアマイモンを襲う。



――――その、細く折れそうな腕で兄上に縋るのですか美味しそうな唇で嬌声をあげるのですか柔らかそうな胸も白くて噛り付きたくなる足も――全て?総て――兄上に、兄上に――曝け出すのですか――



「気に入らない」



シーツに隠された豊満な肢体にはあとどれくらいのシルシがある?不快だ。たまらなく―――壊したい。鋭くのばされた爪が何も知らず眠る彼女、青藍に向かった。









「、ガッ」



刹那、アマイモンの首に強烈な力がかかる。気付けば青藍とは離されていた。


「全く、貴様には何度言っても分からないらしい」

「…グッ、あ―――に……ぇ」

「青藍の――否、ベーチェの色香に惑わされたか?アマイモン、身の程を知れ」

「あに、うえ!――」

「今一度、その学習しない身体にたたき込んでやろう。彼女は他でもない、このメフィストのものだ」


そう言い放ち、兄メフィストは持ち上げていたアマイモンの首を無造作に放した。そして愛用の傘を取り出す。



「、ッ――兄上、ボクは――!

「アインス」

「聞いてください!兄上!」

「ツヴァイ」

「青藍が欲しい!何故――兄上―――

「ドライ」



必死の訴えも空しく、アマイモンは鳩時計に吸い込まれていった。軽快な掛け声に反し、メフィストの瞳は昏い。



「言わずとも分かるぞ、アマイモン。貴様も父サタンの血を引く悪魔…彼女を同じく求めたのだろう」



皮肉にも私もそうなのだ。我々は彼女が何よりも恐れる実兄の息子。幼き頃から父は、彼女に対する執着甚だしいものだったと聞く。その父の血を引く私も、―――



「執着の果てに、壊してしまうかもしれんな…」



かつて、そうして終焉を迎えたように。メフィストは自分を嗤った。反して彼の表情は、とても苦々しいものだったけれど。










『ふふ……メフィスト、何を戯けたことを…』



スルリと伸ばされたしなやかな腕。両の手で視界を覆われた。メフィストは今度こそ笑う。



「聞いていたのか?貴女も罪作りな女だ」



漂う甘い香りに包まれながら、振り替える。白いシーツを巻き付けながらクスクス笑う彼女が居た。蒼く波打つ髪、蒼い瞳。どうやら自分が発する魔力に誘発され、束の間、ベーチェの姿になったようだ。愛おしい。蟲惑的に輝く妖しいまでの美しさにメフィストは吸い込まれそうになった。



「あまり、あの子を虐めないで頂戴。ふふ……貴方の可愛い弟で、この私の可愛い甥よ?」



しかし面白そうに笑う彼女に、少々苦い気持ちになる。此方の心情を知ってこのような言葉を吐くベーチェに、やはり叶わないと思う。



「貴女の"可愛い"甥や、私の出来の悪い弟である前に、奴は一人の男だ。個体で言うならば"雄"。そして貴女の最も怖れるサタンの息子だ――――それでも、かような戯れ言を?」


『っふ、ふふふっ!貴女の苦い顔等中々見えるものではないわ!』

「ハァ、ベーチェ…貴女は私の言っている意味が分かって――


『戯れ言は貴方の方よ、メフィスト』



彼女は識らないのだ。悪魔であった時も、人の姿を借りている現在も。自分という存在がどれ程悪魔を――"男"を惑わすのか。
尚も笑い続ける彼女を嗜めようとすれば、打って変わって真剣な声で遮られた。



『他でも無い貴方の執着の果てに壊されるのならば本望だ……メフィスト、そう思えるのが"愛"ではないのか?』




"物質界の常識でしょう?"




支配級の悪魔が持つ威圧感。
その昔、女帝と呼ばれた彼女がその蒼い瞳に自分と同じ昏い焔を宿している。嗚呼、愛おしい狂おしい。にっこりと笑みを深くするベーチェに、メフィストは胸の中の何かが満たされてゆくのを感じた。



「ブッ……、ハハハハッ!」



豪胆というか清々しいというか。彼女の天然?さには脱帽する。口調まで昔に戻る程に私に自身の愛を証明したかったのか。全く、男勝りだと思いきや、愛い人だ。



「貴女も正気だとは思えませんね…自身を破滅に追いやった男の息子に愛を囁くなど」


『あら、貴方も。こんな年増の叔母を欲しがるなんて"悪趣味"ね?』


「悪魔に親族の情などあり得ませんから☆」



自分でもあくどい顔をしているのが分かった。こんなにも懐かしい皮肉の応酬。しかし真実も中にはない交ぜにして。メフィストは斯くも細やかにだが情熱的に彼女を愛す。


『貴方は常に家族の情を否定するけれど…現に私は"悪魔"だった時代、確かにアマイモンに親愛を感じていたわ…』


「ハァ、あの愚弟はそれを忘れてますがね」


『ふふ、無理も無いわ…あの子がまだこんなにも小さかった時のことだもの』



こんなに、と手でアマイモンの小ささを再現してみせたベーチェ。メフィストは片眉を皮肉気に上げてみせ、愚弟を嗤う。先程まで歪んだ愛を囁かれ上機嫌だったが、今彼女の頭を占めているのはあの愚弟だ。気に入らない。激しく不愉快だ。因みにメフィストは、思考回路がアマイモンと同じになりつつあることに気付いているから余計苛ついているのだが。



「アマイモンが貴女を慕っていた過去をすっかり忘れていること自体が、悪魔の家族の情をないものと証明する何よりのものだと、私は思いますが?」


『意地悪ね、メフィスト。まあ、この考えは昔から貴方と平行線を辿っていたから今更だけれど』


「私がこの議論に、賛成するわけにはいかないのでね」


『え―――どういう――





一度、分かって貰わねば。アマイモンだけではなく、ベーチェ。お前にも。










ドサリ、身体が再びベットに沈んだ。他でもない、目の前の悪魔の仕業で。散らばった髪が黒に戻っている。ベアトリーチェの姿から青藍に戻ったのだろう。アレは体力を消耗するので、あまり長いこと続かないのだ。



『、どうしたのです?メフィスト』



焼け付くような眼差しに、何時も焦がれてしまう。飄々としているメフィストが、私を余裕の無い表情で見やる時、私は女として至上の喜びを得る。道化師としてでもなく、悪魔としてでもなく。只の男として私を求めてくれるから。


「私がなぜ悪魔に親愛は有り得ないと言うのか」

『ぁ、……』



巧みな手付きに煽られる。昨夜の熱が再び蘇った。



「私はお前を一度も叔母としてみたことなどないからだ…ベアトリーチェ」


『ん、…ぁ…!』


「故に貴女には自覚してもらわねば」


『あぁ、んっ…メフィ…スト』


「自分が誰のものなのかを」


『あ、!ぁ…ん……』




――私を散々煽った責任は取って頂きますよ



『そんな、――、っあ!』



今更自分の置かれた状況を認識したところで遅い。青藍は今日という一日が潰れることを覚悟した。



「貴女の唇は何時だって甘いですねえ――奪い尽くしたくなる程に」




でも何処か期待に高鳴る胸に、私は自身の女としての浅ましさを識る。でもいいの。ねえ、メフィスト。




貴女と堕ちるなら、怖くない。









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