駄文(長)

□昨日、見た夢
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「ミッチー!」

「三井サンっ!!」


正面からのチャージに三井がぶっ飛ばされるのが、まるでスローモーションのように映った。
いち早く駆け寄った桜木が三井の肩に手を伸ばす。その手が触れる寸前――


「触るなっ」

「ミッチー?」


ゆらりと立ち上がった三井の口角が引き上がる。
瞳の彩が変わっているのに気づいた赤木が息を飲んだ。


「こういう展開でこそ」


うっすら浮かんだ笑みが凄絶で宮城は目が離せなくなる。


「俺は燃えるヤツだったはずだ」


乱れた髪から伝う汗を拭いもしないで三井はゆっくりとフリースローラインに向かって行った。





持てる力を出し尽くして得た勝利の翌朝、宮城はいつものようにシャワーを浴び、机に飾ってある彩子の写真を見やった。
隠し撮りの彩子のバストアップの写真は宮城の大切なもので、家族の誰にも触らせない。

(アヤちゃん)

スッと腰をかがめて唇を寄せる。冷たいガラスの感触に音を立てて口付けを送るのも、この写真を手に入れてからずっと変わらない毎朝の儀式だ。

(次も絶対ぇ勝つかンね!)

キラキラと瞳を輝かせていた彩子の笑顔を思い出す。眩しくてクラクラした。あの笑顔が見たいから、だから頑張ってきたのだと改めて思う。
流川に桜木、そして三井の加入は本当に良かった。出来ることなら自分だけの力で彼女の笑顔が見たかったけれど。

(……大丈夫なンかな)

チャージに飛ばされた後の三井は凄い気迫だった。カットされたボールに食らいつく姿に度胆が抜かれた。あんなに全てに怠惰で、全てを諦めきったグレっぷりが嘘のような真摯な姿に触発されたと言ってもいい。
負けたくないと腹の底から思った。今目の前の敵でなく、ベンチに下がった三井に…
そんな風に誰かを意識したのは初めてで、宮城は自分の気持ちに戸惑っていた。



**************



その瞬間、真っ白になった。
溢れる涙を拭うことも出来ない桜木の肩に、赤木の腕が回された。

無言で控え室に戻る。テーピングでガチガチに固め、精神力だけで試合を乗り切った赤木は控え室に戻ることなく安西と彩子と共に病院へと直行した。
副部長の木暮の指示の下、軽いミーティングを済ませ解散になった。


「リョータ…」


控え室のベンチに座り、俯いたままの宮城に安田が声をかける。


「悪ぃ」


顔を上げないまま、宮城は片手を物憂げに振った。


「もうちっと休んでから帰る」


宮城のうなだれた姿に何かを感じ取った安田は、無言で自分のバックを手に静かに出て行った。重苦しい沈黙のまま1人、また1人とそれぞれが出て行く。
人の気配のなくなった室内で漸く宮城は顔を上げた。

ほんの何時間か前、震えるような緊張感の中にいたのが嘘のような、静まり返った室内をぼんやりと見回した。


自分よりも低い身長で自分よりもひ弱な体格の相手がどうしても抜けなかった。
超高校級の名に恥じない神奈川屈指のPGにいっそ見事だと言えるくらい、あっさりと抜き去られた。
情けない自分のプレイが何度も何度も脳内で繰り返される。そして耳に木霊する声は……

カチャリとノブの回る音に我に返った。


「……三井サン」


宮城しか残っていないとは思っていなかったのだろう。訝しげに室内を見回し、誰もいないことに気付くと三井の眉がひそめられた。物問いたげに三井の唇が動き、宮城はそっと目を逸らした。



今は、誰とも話をしたくない

揶揄も慰めも欲しくない…



空気が動き、三井は物音一つ立てずに自分のバックを手にしたようだったが、宮城はあらぬ方向へと不自然なまでにそっぽを向いたまま、知らないフリを通した。

小さな音が自分のすぐ脇でしたが、やっぱり宮城は頑ななまでに知らないフリを決め込んだ。
らしくない静かな仕草でドアが閉められ、宮城は詰めていた息を大きく吐いた。
それからゆっくりと物音がした傍らに視線を移した。ベンチの片隅に青いスポーツドリンクの缶が置いてある。


見開いた宮城の瞳から不意に涙がこぼれる。

破れた恋への涙なのか、負けた試合への悔恨か…多分そのどちらでもあって、どちらでもないのかもしれない。
判断のつかない涙が後から後から溢れて止めることも出来ず、宮城は嗚咽が洩れないようにグッと奥歯を噛みしめるしかなくて――


一缶分の涙を流しきるまでには……もう少しだけ、時間がかかりそうだった。



**************



自分の持ち味であるスピードあるプレイから【電光石火】と呼ばれているのは知っていたし、その呼ばれ方も案外気に入っていたが、バスケ以外の部分までがそうだとは今まで全然気づきもしなかった。



海南戦の翌日、いつものようにシャワーを浴び、無造作にタオルを腰に巻いたまま自室に戻った宮城は、いつもの習慣で机の上の彩子の写真を見つめた。

(………)

ゆっくりと手を伸ばし、写真を指先でなぞる。それから溜め息をひとつつくと、宮城は写真立てを引き出しにしまい込んだ。





海南戦の翌日から、多分誰一人気付いていないだろうが彩子に対する宮城の態度が変わった。
そのことに一番驚いているのは宮城自身だ。あんなに熱い想いが溢れそうで溺れそうだったのに……今、彩子に対する思いは穏やかで慈しむ気持ちでいっぱいだ。
全国へ行きたい、優勝してみせるという意気込みは変わらないし、その為の努力を惜しむ気はサラサラ無い。


「うるせーわかってんのか、お前!」

「もちろんスよ…負けんのは1回で十分だ」


茶化す宮城の言葉に喰い付いた三井に向かって、宮城が言い放つ。宮城の本心に気付いた流川がピクリと反応して


「ああ…そうだな」


木暮が視線を落とした。





隣に滑り込んで来た相手に目を向けて、三井は眉をひそめた。
物問いたげな三井の視線に気付いた宮城は、薄い笑みを浮かべてほんの少しだけ肩をすくめてみせた。


「なぁなぁ宮城」


二列目に座った潮崎が宮城のTシャツを引っ張る。
振り向いた宮城にニンマリと笑みを浮かべながら


「流川と替わんねくていいのかよ?」


訳知り顔で囁いた。
潮崎に悪気はなく、言われても仕方のない態度をとっていたのも自分だが、この気持ちの動きを自分自身で説明も出来ないのにどうすればいいのか…一瞬戸惑うように視線の揺れた宮城の頭を伸びた腕が抱え込んだ。


「これから試合が始まるってのにどこ見てやがる!潮崎っテメェも集中しろよな!!」


噛み付くように怒鳴った三井の剣幕に潮崎はハイッすんません!!と居住まいを正した。


「……サンキュ、三井サン」


抱え込まれた宮城が小さく囁くと、鼻を鳴らした三井は乱暴に身を離し、宮城の言葉に気付かない振りをしてフェンスに腕を置き顎を乗せると、コートをじっと見つめた。

どういう訳か三井は自分の感情の揺れを気付いたらしい…

ほんのり朱く染まった三井の耳を見ながら、宮城は不思議な感情に包まれていた。



**************
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