献芹館

□7/14のかき氷
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「な、何だよ」


潤したばかりの喉がひりひりしてくる。ピンと張り詰めた緊張感が見えるような状況に、三井はゴクリと唾を飲み込んだ。


「三井サン…」


何が宮城を不機嫌にしたのか見当もつかず、二の腕を押さえるように掴まれて、恐怖のあまり三井はギュッと目を閉じた。
殴られるのかもしれないと奥歯を噛みしめて硬直してしまった三井の耳に、長い溜め息が聞こえた。
一瞬だけ指先に力が込められて、それから宮城の手が離れる。
目を開けるのが怖くて動けない三井の頭を、思いのほか優しい手がそっと撫でて離れた。


「欲しいモン、言ってもいいの?」


問いかけてきた宮城の声が普段通りに響いて、三井はそろりと目を開けると伺うように宮城を見た。
酷く疲れたような、やるせないような…初めて見る宮城の表情に言葉が詰まる。


「あるよ…イッコだけ」


フッと浮かんだ笑みが何故か泣きそうに見えた。


「アンタ、くれるの?」

「……な、んだよ…欲しいもんて」


カラカラに乾いた喉から無理やり言葉を引き出した。かすれた声が自分の声じゃなくてどこか別の所から聞こえてるみたいだ、と三井は思った。
答えを探すつもりでジッと宮城の瞳を見つめる。
宮城もまた三井の瞳を探るように見つめていて、そう言えばこんな風に正面から見つめ合ったのは初めてだ…と不意に思う。
先に視線を外したのは宮城だった。軽く俯いて、それから顔を上げた宮城は…もう、三井のよく知っているいつもの宮城の顔をしていた。


「遅くなっちまったッスね」


弾みをつけて立ち上がるとさりげなく三井の手の中のカップを取り、自分のカップと重ねてクシャリと潰すとそこがゴールのように放り投げた。緩やかな弧を描いてゴミ箱に入ると


「ナイッシュ…じゃね?」


と振り向いた。


「帰ろ、三井サン」


首を傾げた宮城が遠い存在に見え、ふらふらと立ち上がると無意識に宮城の腕を掴んだ。
そうして存在を確かめる為にゆっくりと宮城の体を引き寄せる。
腕の中で宮城がハッと息を吸い込むのを感じた。


「……やるよ…お前の欲しいもん」

「え?」

「お前に……やる、から」


だから、と呟いて三井はそれ以上、自分が何を言いたいのか判らなくなって、ただ宮城を抱きしめた腕に力を込めることしか出来なかった。
強張った宮城の体が弛緩して、居心地悪そうに身じろいだ。


「簡単にやるとか言わねーでよ」


くぐもった声が三井の胸を揺らす。


「わかんねーのに……そういうこと、簡単に言ってんなよ」

「わかんねーとか勝手に決めてんじゃねえよ」


本当の所、宮城の欲しい物が何なのか…三井にはわからない。
でもそう告げてしまうことが躊躇われた…躊躇うというのとも違う何かに突き動かされ、三井は何もかも分かっていると、嘘ぶく以外思いつかなかった。
宮城はじっとしたまま動かない。だから三井も動けないまま、じっと宮城を抱きしめていた。


「宮城、」


あまりにも続く静かな時間にいたたまれなくなって、そっと名前を呼んでみる。
その時を待っていたように宮城の腕が三井の胸元に置かれ、2人の間に空間が生まれた。
温い夜風が宮城の作った間を通り過ぎて、何故か泣きたいような、この空間を消したいような気持ちでいっぱいになる。


「なぁ…いいのかよ?」


俯いたままの宮城が小さな声で囁いた。夜風に攫われていきそうな小さな声で…
ダラリと下がっていた手を上げて胸元に置かれた手の上に重ね合わせた。
ギュッと握りしめると弾かれたように宮城が顔を上げて、ようやく視線を合わせられたことに安堵した。些細なことで湧き上がった満たされた思いのまま、三井は微笑んだ。


「あぁ」


街灯の明かりが宮城の耳を飾るピアスに光を投げかける。その眩しさに三井は目を閉じた。


「三井サン……」


三井の手を重ねたまま、宮城の手がゆっくりと上がっていく。その手が確かめるように三井の頬に触れ、包み込み、そうして導かれるままに三井は静かに顔を伏せた。











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