駄文

□続 夢のお話
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再び降り出したようで、雨音が部屋に満ちる。
無意識に伸ばされた片腕に、触れる気配もなく…三井は目を開けて首を回すと瞼をこすった。


ソファーに座り込み、借りた映画を見ているうちにどうやら眠っていたようで、薄いタオルケットがかけられている。

欠伸をひとつ、それから両腕を伸ばして三井はタオルケットを剥ぎ取りながら立ち上がると、鼻をくすぐる芳しい香りに誘われるままにキッチンへと向かった。


こちらに背を向けて微動だにしない宮城の手が時折動くのを見て口元が緩んだ。
どうやら何か読みふけっているらしいと判断して、三井はそっと食器棚から自分のカップを取り出すと、サーバーからコーヒーを淹れた。
見ると宮城のカップは空で、三井は薄い笑みを浮かべたまま宮城のカップにそっとコーヒーを注いでやった。

宮城は相変わらず分厚い本を一心に読んでいて目線も上げず、声もかけてくる様子もない。

三井はカップを手にリビングへ戻った。



映画の続きを観ようかとリモコンに手を伸ばしかけて止めた。
見るともなしに窓の外を眺めながらコーヒーを啜る。
静けさに満ちた穏やかな時間にふとため息がこぼれた。

「続き見ねぇの?」

振り仰ぐとカップを手に宮城が笑いかけていた。
それから三井の隣に腰かけ軽くカップを掲げて、サンキュと言うのに三井は頷いてみせた。

「寝ちまってたんだな、俺」

「うん…まあ」

かみ殺せないあくびをしながら三井が言うと宮城はほんのりと赤くなりながら歯切れの悪い返事を返した。

「ゴメンね?…続き見る?」

居心地悪そうにリモコンに手を伸ばすのを見ながら宮城の言わんとしている謝罪の理由に思い至って三井はそっと顔を逸らした。耳が熱くなるのを自覚していたたまれない。

「ね、どこまで見てた?」

画面を見ながら巻き戻している宮城の横顔を見る。いつもと変わらずに宮城の耳で光るピアスを見て、三井はリモコンを取り上げた。訝しげな宮城の視線から逃れるように傍らの肩に頭を預ける。

「夢、見てた」

「夢?」

「…お前と一緒に帰る夢」

「へえ…」

それで?と言外に促され、思い出そうと白い天井を仰ぎ見る。


「なんか…すっげー笑ってた。何だろな?笑いが止まんねーでたよ」

余韻に引きずられるように三井が笑みを浮かべた。

「いいな、それ…ちょっと妬けるケド」

「は?」

「アンタにそんな顔させるヤツにヤキモチ」

スルリとソファから滑るように降りて、宮城は三井の脚の間に滑り込むと腰に両腕を回し三井の腹筋をリズミカルに顎先でつつきながら見上げてきた。
甘えるように節をつけながら

「そーゆー顔、俺だけにしてね?」

と、笑った。

「『お前』とだったんだっつの…テメェにまで嫉妬とかやめろよな」

呆れ顔の三井に

「だってすげーイイ顔なんだもん」

と切り返した。

「だもん言うな。バカ」

「ね…夢って湘北ン時?」

「どうかな〜よく覚えてねえよ…なんで?」

「いや自慢してやろうと思って」

「誰に?」

「高校ン時のオレに」

また訳の分からない話を…と三井が嘆息をつくのに宮城は声を上げて笑う。

「自慢っつか応援?そのまんまガンバってけよ〜って。あとまあ…ベンキョーしとけよ〜ってアドバイス」

「何だそれ」

「悩んでたんだって。だから」

宮城の目がほんの少しだけ逸れて三井の後ろへとずれた。過去を見つめるように遠い目をしながら

「いろいろね…」

そう囁いて宮城は顔を伏せた。
選んだ道を悔いるつもりは三井には無かった。例えばもし過去に戻っても、過去の自分と出会っても…間違いなく自分は今に繋がる道を辿るだろうと三井は思っていたが、宮城は『そう』じゃないのかもしれない。

見慣れた宮城の癖のある毛先をそっと指先に絡めてみる。

「アンタまた勘違いとかしてねえよね?」

くぐもった声が、した。
知らず強張る三井を宮城は二度三度揺すった。

「また変な勘ぐりとか…してんのかよ」

溜め息がひとつ。それから小さな舌打ちが聞こえたかと思うと伸び上がった宮城が三井の顎の傷跡に唇を寄せた。

「おいっ!」

押さえ込まれて身動きの取れないまま、宮城の舌先が薄くなった傷跡を何度も辿る。
今はもう、よく見なければ気付かないほどに薄れた…傷跡…

「もう一回、付けてやりてえよ…ココにさ。そしたらアンタ信用してくれる?」

薄くなった傷跡を甘く噛みながら宮城が呟く。

「何だよ、信用って…」

憮然とした三井の声に誘われるように軽く口付ける。

「悪かったよ。誤解させるような言い方して」

軽いキスを繰り返しながら宮城はふてくされてそっぽを向いた三井の頬を両手で挟んだ。
向き直らせて視線を合わせる。

「アンタが思ってるような意味じゃねーよ」

「…」

理由が分からない限り納得しないと訴える眼差しに宮城の眉が顰められ…それからがっくりとうなだれながら三井にしがみついた。

「重い!どけっ」

容赦ない拳で宮城の頭を叩くと強引に膝から引きずり下ろした。ついでとばかりに胸元に蹴りまで入れると、呆気なくラグカーペットの上で仰向けにひっくり返ったところを素早く馬乗りになって押さえつける。

「まだまだ甘ぇな」

「アンタ限定だけどね」

勝ち誇った顔を見上げて宮城は笑う。
悔しさを隠しもせずに唇を尖らせた三井の腰をそろりと撫でた。

「で?」

「ん?」

「空っ惚けてんな」

「えー言わなきゃダメ?」

軽口の収まらない宮城の上で三井はならもういいとふくれたまま立ち上がろうとするのを、両手でがっちりと腰を押さえてやった。

「このアングル好きだからまだどかねーでよ」

それと分かる視線を見せ付けてニヤリと笑うと、三井の顔がみるみるうちに赤く染まる。
いつまで経っても宮城からのアプローチには慣れないらしい。

「お前最悪」

うんざりしたように天井を仰ぐ様子に宮城は声を上げて笑う。からかわれていることにようやく気付いて、三井は忌々しそうに舌打ちすると笑いの収まらない宮城の口を自分の唇でふさいでやる。ほんの一瞬の出来事で宮城の笑いがピタリと収まる。
してやったとばかりに三井が笑いかけると笑顔が眩しいとでもいうように宮城は目を細めた。

「アンタってたまにすげえ大胆な事するね」

「知るか」

「そういうの嫌いじゃねえよ」

「付き合ってらんねーな」

「またまた」

「とにかく手どけろよ」

「あれ?会話終了?」

込めた力を少しだけ緩めると優しい手つきで腰骨を撫でた。

「話したくないんだろ?」

物分かりの良い風に言葉をかけながら、眼差しは不満いっぱいなのを見て宮城は一瞬目を閉じた。

「…話したくないってのとも違うんだけどさ」

少しだけ考える素振りをした後、笑わないで聞いてくれる?と前置きをした。
いつになく真摯な顔つきに揶揄することも忘れて神妙な面持ちで頷くと、三井は体を動かして宮城の体から降りようとしたがやんわりと宮城はその動きを遮った。

「オレもね…夢見たんだ。こないだ」

それで?と促したいのを我慢して黙って宮城を見下ろす。

「初めてアンタとセックスした頃の…夢だった」

ぽつりぽつりと語り出した宮城の夢は、どちらかと言えば思い出に近い。黙って聞いてる内に呆れて物が言えなくなった三井に宮城は心底申し訳なさそうな顔で語り終えた。

「…で?」

「え?」

「要するにアレか?お前が『ヘタクソ』で俺に申し訳なかったってか」

三井の台詞に宮城の顔が赤くなり、珍しくうろたえる様子にほくそ笑む。

「イヤだヤメろったってちっとも聞きゃあしねえしよ。無理だっつっても強引だったしな」

指折り数えてあげつらうと宮城の顔が泣きそうに歪む。さすがに気が咎めてそれ以上何も言えなくなった。

(そういうことか…)
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