駄文
□WiSH〜白くて、甘い
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こんなに美味いものがあるなんて……感動に震える仕草が可愛く見えた…時点で『終わって』たんだな、と水戸は溜め息をついた。
ピチャピチャと水音を立てて一心不乱になっている相手を頬杖をついてまじまじと見つめる。
小作りな頭には容量並みの脳みそしか入ってないんだろうなあと胸の中で呟く。
水戸自身、容姿は人並み以上だが三井の容姿は度を超えている。すらりとした肢体に持て余すような長い手足。街中を歩けば男女問わずに思わず振り向く。
度量の小さい男なら一緒に歩くのは遠慮したくなるような外見なのだ――この自称『熊』は。
「もっと」
上の空で三井を眺めていた水戸は、袖を引かれて我にかえった。
「なあ〜コレもっと!」
赤い舌がペロリと唇を舐める。
「もうおしまい。虫歯になるよ?」
「虫歯って?」
ああそうか、と独り言ちる。熊なら虫歯なんて知る訳がない。いちいち説明するのも面倒で黙っていると三井はローテーブルを回り
「俺ちゃんと1人で留守番してたろ?」
甘えるように頬をすり寄せてくる。胡座の水戸の太ももに両手をついて体を支えながら何度も頬をすりつけてくる。
「肝心のイチゴ食べてないじゃん…そっち食べなさい」
「ヤダ」
基本的に出されたものは何でも食べる三井だが、甘い果物が好きだと知ってわざわざ買ってきた。コンデンスミルクを一緒にカゴに入れていたのはたまたまで、何気なしにイチゴにかけて出してやってみたら三井はその味に夢中になった。
器用に白いコンデンスミルクだけを舐めて器の中のイチゴはそのままだ。
「今時期のって結構高いんだけどね…」
店員に念押ししてまで甘さを確認したイチゴを摘むと三井の口元に持っていく。
「はい」
あーん。そう言ってにっこり笑いかけるとしぶしぶと言いたげに三井は素直に水戸の指ごとイチゴをくわえた。
歯で噛み切られる前に慌てて指を引き抜く。もぐもぐと動く三井の口元から甘いイチゴの香りが漂う。ひとつ食べ終わると黙って口を開けていたので面白半分に次々とイチゴを口に運んでやる。自称『熊』なだけに三井は道具の類を使うのが苦手で箸もスプーンも上手く使えない。
見かけだけは自分と変わらないくらいの年格好だが中身は手のかかる幼児そのままだ。
あいにく子供を持った経験は無いが、この三井の手のかかり具合はきっと引けを取らないに違いない。今ならきっと主婦の育児トークに混じれるなと苦笑する。
そんな水戸の思いも知らずに三井は腿に置いていた両手で水戸の左手を持ち、水戸の人差し指と親指をペロリと舐めると
「全部食べた」
と笑った。偉い偉いと上の空で返事をして食器を片付けようと立ち上がるとソワソワとついて来る。
「なあ、全部食べたろ?」
手早く食器を洗う水戸の肩に顎を乗せて、腰に腕を回してくる。1人で居る反動なのか、三井は水戸が帰ってくるとこうしていつでも水戸に触れたがる。背中に三井を貼り付けたまま、
「邪魔しなさんな」
と、およそらしくないなと自分で苦笑するくらいに優しい口調でたしなめる。今まで生きてきて知らなかったがどうやら自分は『甘やかしたがり』なんだろうなと水戸は思っている。
甘やかしたがりの自分の元に突然現れた『甘えたがり』の――
「さっきのアレ…あの白いの何?」
「コンデンスミルク?」
「こん…こん?」
「コ ン デ ン ス ミ ル ク」
一音ずつ区切って答えると、三井は小さな声で舌で転がすように何度も繰り返した。
何と言うこともない名詞が、ひどく甘い囁きに聴こえて水戸はひっそりと微笑んだ。
「あんな美味いのがあるなんて…人間てすげぇなあ…」
感極まった口調で賞賛される。
素直に感情を表す三井の喜ぶ顔見たさに、ついついこうやって三井が喜びそうな物を買ってきてしまう。
「宮城にも喰わせてやりてえな」
ポツリと三井が呟いた。
時々思い出したように三井の口から零れる『ミヤギ』という名前。そこに他意が無いと思いながらもその名前を口にした時の切ない彩が耐えられない。
そしてそんな自分の心を知られたくなくて、まるで嫉妬しているような自分を知りたくなくて、水戸は腰に回された三井の腕を軽く叩いた。
「ミッチーもっと食べたいの?」
「え?いいのか!」
「ちょっとだけね」
「マジ!?」
嬉しさを隠せずにギュウギュウしがみつく三井に笑いながら苦しいよと言ってみたが、期待でいっぱいになっている三井は腕力に物を言わせて、ずるずるとリビングに水戸を引きずっていく。
それが嬉しいことでも驚くことでも…例え悲しいことでも、三井は何かある度にその名前を口にする。
分かち合いたいのは水戸では無いのだと告げられているように…思うこと自体が耐えられない。
キチンと正座をして両手を床にペタンと付けた三井の姿はまさしく犬の『待て』と同じ姿勢だ。別に水戸が教えた訳でもないのだが…
赤と白に彩られたチューブを三井の目の前でこれ見よがしに軽く振ると、三井の頭も同じリズムで振られて、待ちきれないと体全体で表現している。
「あ」
「?」
「ちょっと待ってて」
そういえば食器は片付けてしまっている。まさかこのままチューブごと渡す訳にもいかない。
ついでにスプーンの練習をさせるのも悪くないなと思い立ち、立ち上がって皿とスプーンを取りに行こうと腰を上げた水戸に
「何だよ!?どこ行くんだよ!」
悲壮な声で三井が慌てて止めにかかる。
「いや食器片付けちゃったから取りに」
「バカそんなんいーからっ」
「そんな10秒もかからないくらい待っててよ」
「ヤダ絶対待てない!」
「じゃあどうやって食べるって…」
呆れて絶句した水戸の腰に三井はしがみついてきた。仰向いて泣き出しそうに目が潤んでいる様子に、深い溜め息が零れる。
泣く子と何とかには勝てないと言うけれど、全くその通りの有り様に眩暈がしてくる。
それでもこんな風に目にいっぱいの涙を溜めてすがりついてこられたら…その手を振り解くことなんて出来る筈もなかった。いや三井以外の相手なら簡単に見捨ててしまえる。三井だから…それが出来ない。
「あーん」
促されるままに三井は素直に口を開けた。閉じた瞼から溢れた涙が一粒、頬を滑り落ちる。
キャップをひねり舌の上にほんの少しだけコンデンスミルクを垂らした。慌てて閉じた唇が口の中のコンデンスミルクを丹念に味わう動きをする。再び口を開けて無言でねだるから、水戸はまた少しだけコンデンスミルクを垂らした。
中途半端に腰を上げているのがつらくなって三井がうっとりと味わっている隙に体勢を変える。膝立ちするような格好も決して楽な訳では無いが先ほどよりはずいぶんマシだ。
ふと思いついて水戸は自分の手のひらにコンデンスミルクを垂らしてみた。目を閉じて行儀良く口を開けている三井の鼻先に手を差し出す。
鼻先が蠢いて三井が目を開けた。濡れた瞳のまま、黙って手のひらのコンデンスミルクと水戸を交互に見る。冗談だよ…そう笑いかけようとした瞬間、三井の舌が白い液体をすくい上げた。喉を鳴らして何度も水戸の手を舐めていく。
無意識に手を引っ込めそうになると三井の両手が水戸の手首を掴んだ。温かい舌が丹念に肌を辿る。ふと三井は顔を上げた。
「もっと」
水戸の視線の高さに持ち上げた手に柔らかく歯を当てて軽く噛む。視線を合わせたまま
「もっと、よこせ」
と、囁く。剣呑な気配を漂わせた三井に肩をすくめて、水戸は掴まれた手にコンデンスミルクをたらたらと溢れるほどに垂らしていく。
薄い造りの舌が肌にまとわりつく白い液体を辿っては赤い唇に運んでいく。飲み下す喉の動きにそっと開いた手を当てると三井は視線だけで笑った。
見せつけるように小指をすっぽりと口に含む。温かい口中で何度も舌腹で指を擦り上げる。薬指から中指、人差し指と順繰りに三井は一本ずつ丁寧に指を喰わえては吸い上げる。
手のひらを自分の方へと返して手首からゆっくりと手のひらを舐め上げて指の間をせわしなく舌を出し入れして、それからねっとりと親指を口に含んだ。
舌の上で水戸の親指が転がされては吸われる。じっくりと味わってじりじりと水戸の指が三井の唇から出てくる。爪の根元にクッと歯を当てられた。職業柄、きちんと切り揃えた爪と指の僅かな間を舌先が小刻みに刺激する。最後に軽い音を立てて吸われ、水戸の手が開放された。
「すっげえ美味い」
三井は唇を舌で舐め回した後、そう言ってにっこりと笑う。
「あーあ…手がベタベタ」
平素と変わらない声で水戸が言うと首を傾げて
「全部食べてるぞ?」
と三井は答えた。
「まあそうなんだけどね」
仕方なしに苦笑いで誤魔化すと水戸は立ち上がった。
「あ!」
「何?」
慌てたように三井も立ち上がると、するりと両腕を水戸の首に回して微動だにしない水戸にふわりと軽く口付けた。
「ごちそーさまでした」
そんなことは絶対教えてないぞ?どこで覚えてきたんだと詰め寄りたい気持ちをグッと飲み込んで
「お粗末様でした」
と返して濡れた左手を掲げ、開いた腕で三井の腰を抱き寄せると、誘うように薄く開いた唇にご褒美と言わんばかりの『大人の』kissをしてやった。
終