駄文

□キミと眠る場所
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劇的な勝利だった。60対62…後半ラスト1分50秒、県No.2の翔陽の猛攻を、昨年一回戦敗退の湘北が逃げ切り、まさかの決勝リーグ進出を決めた。

「悪い。今、立ち入り禁止なんだ」

木暮は眼鏡の奥で、歓喜に瞳を潤ませ、人差し指を立てた。







………何なんだ?

水の入ったグラスに口をつけながら、離れた場所に座る三井をジッと窺う。

更衣室に戻る前と、態度がガラリと違う。どんなに目を向けても決して合わない視線。
氷の欠片をかみ砕いた宮城の瞳が剣呑な色合いを帯びていて、ソレに気付いた彩子と水戸は別々にひっそりとため息をついた。







「三井サン、背中大丈夫?」

「おぉ!何ともねーよ」

全力を出し切った、と胸を張れる試合だった。県で1、2位を争うPG、あの藤真を止めた…まだ指先がジンジン痺れてる。

「お前のカット、すごかった」

復帰後、初めてのフル出場目前でやむなく退場した三井は、ほんのり目元を赤くして宮城に囁いた。

「…」

「ありがとな」

三井サン…と声をかけたかった。ありがとうという言葉の意味を問いたかったけど、今は2人きりではないのだ。
後で聞こう。そう思って宮城は笑顔だけ三井に向けて、興奮覚めやらぬ同期達の賛辞に向き直った。
もつれ合い、喜びを隠せないままに更衣室に入った途端、緊張の糸がプッツリと切れたのか、仰向けに赤木が寝転んだのを皮切りに、流川がズルズルと横倒れた。
自分の記憶もそこまでだ。
気が付いたら爆睡していて…

彩子から借りたらしいハリセンで、木暮に叩き起こされた湘北スタメン達の着替えが終わると、全員で学校と駅の丁度中間にある定食屋へ連なった。

「おばちゃん!天才・桜木の活躍で勝った!!」

ガラス戸を軋ませながら、いの一番に桜木が叫ぶ。

「あらまぁ!」
「勝ったのかい!?」

おじちゃん、おばちゃんとバスケ部員が慕う定食屋の夫婦が同時に声を上げた。

「良かったなぁー赤木君!」

と、おじちゃんが言うと

「ありがとうございます」

赤木が深々と頭を下げた。
他の運動部と違い、創設以来目立った実績の無いバスケ部を応援してくれる人は皆無に等しい。そんな中、表通りから一本奥まった立地条件なせいか、知る人ぞ知るこの店だけは何故か湘北バスケ部をずっと応援してくれていた。

「観に行けないで本当にごめんねぇ…」

前掛けで何度も涙を拭いながら、おばちゃんが言う。

「おばちゃんに見せたかったぞ!この天才のシュート!!」

「あらあら!それは見たかった」

バシバシ桜木の背中を叩くおばちゃんに、誰も(退場した)とは告げられない。

「それじゃあ今日はお祝いしないとな!」
「本当だよ、今日はもう貸し切りだよ、あんた」
「当たり前のこと言ってないで、さっさと暖簾閉まっちまいな」





旺盛な食欲を見せるバスケ部員達に、ちゃっかり桜木軍団達湘北応援メンバーも同席すれば、狭い店の中はいっぱいだ。
次々と腕を振るって供される料理がどんどん消えていくのを、嬉しそうに見るおじちゃんは

「次はどこと当たるんだい?」

と、カウンターの赤木に問う。

「海南大付属です」

「そこは強いのかい?」

「……県No.1です」

「そうかい…じゃあ今年からソコは2番になるわけだ」

丼にご飯をよそいながら、おじちゃんは真面目な顔で言い切った。

「ほら、おかわり」

差し出された丼を受け取る赤木の手がかすかに震えているのを、木暮は見てみないふりをする。
いつもいつも…勝てなくて
悔しさを練習にぶつけて…
そうして気づけば自分達2人だけになった。勝てない試合と厳しい練習に、せっかく入った新入部員もポロポロ辞めて、残った4人と自分達だけになり…
一時は同好会にまで扱いを下げられそうになった。
そんな中でもこの店の夫婦だけは、変わらず自分達を応援してくれる。勝てたのは嬉しい。何よりも大好きなバスケが、まだ続けられるから…そして、こうして応援してくれている人達に《恩返し》出来るから…

「もちろん、そのつもりです」

きっぱり言い切った赤木は、もう《前》を見ている。
そうだ。いつまでも感慨に耽っている暇は無いと木暮は思う。
終わった試合から得たものを携えて《次》を見るのだ。この先にあるものを見据えて…







何故だか店の前で全員で万歳三唱して解散になった。

「明日までに仲直りしなさいよ」

三々五々に散っていく部員達に声をかける夫婦の影で、彩子はリョータを捕まえて囁いた。

「仲直りって…」

「どうせ更衣室でナンかやらかしたんでしょ?」

「ひどいよ、アヤちゃん!」

泣きが入った宮城を睨みつけ

「うるさい。とにかく三井先輩が明日もあんな調子だったらタダじゃおかないから」

今、ウチの部費は三井先輩と流川で賄ってるんだからね!
そう釘を刺すと、長いウェーブの髪を翻して彩子は立ち去ってしまった。
彩子が【ウチの部費】と固執するには理由がある。
目立った実績も無ければ、部員も減るばかりのバスケ部に、当然活動予算など微々たる分しかあてがわれず、困った彩子は人気のある部員の写真を売りさばくことで足りない部費を補っているのだ。
ちなみに去年までは下級生に木暮が、上級生には宮城の写真が売れていた。
だが今年、彩子の後輩でもある流川楓が入部して以来、壊れたロッカーから扇風機まで(さすがにエアコンには手が届かなかった)一括購入…
更に新たに三井寿が加わったことで、むしろ学校からの予算など手付かずに残せそうな勢いであった。
もちろん予算を残せば来年以降減額の憂き目に合うし、来年は三井がいない。締める所はきっちり締めて、少しでも稼げるうちに稼いでおこうと誓った彩子にとって、三井は【美味しい】先輩に他ならない。
元はロン毛で不良だろうと、実はバスケ部を潰そうとしただの、勿論差し歯も問題ない。
なにしろ流川の写真は女子しか買わないが、三井の写真は男女はおろか校外にまで販路がある。特に《部活中》の写真が高値で取引されている以上、おいそれと部活を休んでもらっては死活問題なのだ。
他人の性癖に滅法心の広い彩子は宮城と三井の関係を真っ先に気付いた1人だ。
宮城と付き合い出してから、一層三井の写真に高値が付くようになったことは、彩子だけの秘密でもある。
そんな裏事情を全く知らない宮城は、がっくりと肩を落とすとトボトボと重い足取りで、とっくに姿の見えなくなった三井を追っていった。






(仲直りってったってなぁ)

何が理由か皆目見当がつかない。更衣室に向かうまでは、確かにいつもと変わらなかった。

(寝てたのが気に入らなかった、トカ?)

でも三井だってハリセンで起こされた口だ。

(無視…したから?)

イヤイヤ、あの場で問いつめた方がきっとムクレる。いっそ自分のモノだと公言したい宮城と違い、三井は頑なに秘密主義に走る。そのことで大喧嘩までやらかした苦い思い出が蘇る。

(わっかンねー)

ハァと大きなため息をつくと、前を歩く三井に追いついた。

「置いてかねーでよ、三井サン」

「!」

ギョッとしたように、一瞬宮城を見ると慌てて視線が逸らされる。そして微妙に歩くスピードを早めた。

「ねぇ」

「…」

「シカトは無いンじゃないッスか?」

「…ンだよ」

やっと口を聞いたと思ったらソレだけかよ、と一瞬イラついた。

「アンタ、何怒ってンの?」

「…ベツに」

また歩くスピードを早める。

「ベツにってことナイじゃん」

「関係ねーだろ。うるせーよ」

もはや視線すら寄越さない…
だんだん宮城の怒りのゲージが溜まっていく。
斜め前を軽く背を丸めながら足早に歩く三井。
全身で『拒否られて』いるようで…

「………あ、こんばんは。宮城です…スイマセンこんな時間に……ハイ勝ちました……ありがとうございます…………それで今日これから俺ンちで、先輩とフォーメーションの作戦立てようってなりまして……あ、ヤ……全然大丈夫ッス………ハイ…ハイ……わかりました…先輩に伝えておきます…ハイ、オヤスミナサイ」

パチンと、音を立てて携帯を閉じると呆気に取られたように振り向いた三井に向かい、

「『夜更かしして、明日遅刻しないように』ってサ」

寝れるかどーかはアンタ次第なのにネ?
残酷なほど爽やかな笑顔でそう言った。
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