駄文

□ボクとキミの夏
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猛暑などという言葉では表現しきれないのか、今年は酷暑だとニュースで語られるようになった。

暑さ対策だ、と重いカーテンを締め切った体育館で、今日も体中の水分が出尽くすほどの練習をこなしていく。

「死ぬっつの!」

体育館脇の水道の蛇口を全開にして、いくら頭から水をかぶっても大気の暑さにかなわない。

「アレだよ、『ゴリラ』っちゃジャングルだろ?あのヤローにゃ慣れた暑さだから堪えなくても、俺ァ人間なんだっつの。全くオーボーだよな」

口をきくのも億劫なほど疲労困憊しているはずなのに、三井の愚痴は止まらない。

「そーだ!ミッチーの言うとーり!ゴリはオーボーなんだ。さっきもこの天才のスラムダンクの邪魔をして…許せん!」

試合形式の練習で、オフェンスを止めるのが横暴に該当するのか?

心の中で宮城はツッコんだが、この組み合わせに構うと面倒くさいので黙っていた。

「晴子ちゃんから差し入れよーっ」

体育館の出入り口から、彩子が水道にたむろっている部員達に声を掛けた。

「はっ晴子さん!?」

うっとうしいほどのピンク色のオーラ全開に、桜木が超然と猛ダッシュで体育館に戻っていく。

「待て!花道っ」

慌てた宮城の声は、晴子さん命の看板を背負っている桜木に届くはずもなく…

(お前が相手しなきゃ俺が構わなきゃなんねーだろ!!)

こんなグダグダと面倒くさい先輩(一応)も一緒に連れて行けよ!とはさすがに口に出すわけにも行かず、宮城は三井の際限ない戯言に付き合わされる自分の運命をひっそり呪った。

「赤木の妹って全っ然似てねーよな〜バスケ命ってトコくらいかぁ?似てんのって…あんだけ似てないで兄妹ってのも笑えるよなー」

「はぁ」

「ンだよ、テンション低ぃな!俺が話してんのに何様だっつの。ちゃんと先輩をウヤマえよ」

「三井サン…《敬う》って漢字で書けます?アンタの場合、まずそっからでしょ」

ただでさえ、キツい練習に拍車をかける暑さなのに、くだらない話に構わなければならない宮城の疲労は最高潮だ。

「な…なんだよ」


言外に無数の棘を剥き出しにした、噛みつくような宮城の口調に三井はビクッと後退りした。

「息吸うのも暑いンですよ、俺は!」

「…へぇ?お前、夏生まれだから暑さに強いのかと思ってた」

「夏生まれとか関係ねーし……あれ?俺、誕生日とか言いましたっけ?」

ゲッともグェとも判断つきかねる不可思議な声が三井の口から飛び出した。

「アイス溶けるわよー!!」

彩子の声に

「差し入れってアイスかよ!」

やったー!!という台詞が聞こえてきそうな笑顔を宮城に向けると、三井は勢い良く立ち上がった。

「お前、夏キライなの?」

「は?」

まだ座ったままの宮城を見下ろして、三井が笑みを浮かべて問いかけた。

「ヤ、別に…」

「イーじゃん、夏」

そう、夏はイイ。可愛い女子は露出の高い夏服で、海にプールに祭りに花火大会…デートの口実に事欠かない。今年こそアヤちゃんと浴衣デートが出来たら最高だ。
後はデートに誘うだけの時間と体力さえあればカンペキ、なのに…
休日返上で朝から晩まで、こんなバスケ、バスケのバスケ漬けの毎日だなんて…
そりゃアヤちゃんに、毎日会えるけど…

せめて練習後に、デートに誘えるくらいの余力を残させて欲しい…と、宮城は真剣に願っている。

「俺、好きだぜ」

「え?」

「すげぇ宮城っぽいじゃん?」

「へ?」

「夏ってさ、すげー宮城っぽいから」

夏の白い日差しを背に、三井が笑うのを目を眇めて見上げる。

「だから、結構好きなんだよな」

一瞬、耳鳴りがするほどの煩いセミの声も、何もかもが遠のいた。
心臓が鷲掴みされたような衝撃が宮城の体の中心を貫いて、その現実に宮城自身が驚いた。
クラリと意識が回る。立ち眩みにも似たそれを、目を閉じてやり過ごし再び目を開けてみれば、そこにはもう三井の姿はなかった。
水道脇の焼け付きそうな日向の中に、何故自分は立ち上がることも出来ずにいるのか、宮城にはわからない。

(好き)

だ、なんて…

暑いから。大気も日差しも彩る世界の何もかもが、ただただ暑いから。
今この自分の中を駆け巡る、理由のつかない《アツさ》はきっと、夏のせいなのだ。

そうじゃなかったら困る…

って、なんで困るんだ?俺!?

無邪気な三井の笑顔と言葉が、グルグルと頭の中を駆け巡る。
吸い込む大気と同じだけアツい息を吐いて、中も外も燃えるようでクラクラしてくる。

このアツさは、ヤバい…

重力に逆らえず、宮城はバッタリと倒れ込み、そのまま意識を手放したのだった。










続?
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