駄文

□ボクとキミの夏 3
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―アレハ、ダレデスカ?―

「何ともなくて、良かったな」

部室で声をかけてきた、あの長身の男は?


胡乱げに宮城は、離れた所で1人休憩を取っている男を見据えた。宮城が熱中症で倒れたのを機に、こまめに休憩を挟むようになった。暑さ対策に意識がとられすぎて、肝心の部員が倒れていては話にならない。

「ちゃんと水分取りなさいよ」

部員1人1人に声をかけながら、彩子は塩飴と手製のレモンの蜂蜜漬けを配り、その大きな瞳で部員達の体調に気を配る。

「リョータ、あんまり飛ばしすぎないのよ?」

「アヤちゃんやさしー!心配してくれンの?うれしーなぁ…俺、もっとガンバっちゃうから」

「バカねぇ…」

呆れ顔で肩をすくめると、1人離れて座る三井の所へと立ち去ってしまった。
差し出されたタッパーにも手を振り首を振る三井に、じれたように彩子は飴の包みを開けると強引に口元に飴を突きつける。三井の視線が一瞬、宮城に向けられ…逸らされた。

「頼むから、ほっとけって」

固い三井の声が響き、億劫そうに立ち上がると三井は彩子の静止を振りほどいて、体育館をでていこうとする。

「三井、休憩は終わるぞ」

呼び止める赤木に

「便所だよ」

振り向きもしないで、長い脚を大きくスライドさせながら、三井は体育館を出て行った。

「全く…規律を守れん奴だ」

憤慨する赤木に、まぁまぁと木暮が宥めた。

「生理現象は仕方ないだろ、戻ってきたら練習再開にすればいいじゃないか…宮城もまだ本調子じゃないだろうし…なぁ宮城?」

何でわざわざ俺に振るんだよ、とは言えない宮城は

「あ、俺も始まる前にちょっと」

身軽く腰を上げると、そそくさと体育館を出て行った。



とりあえず、トイレは用足しがてら覗いたが、三井はいなかった。

(何ともなくて、良かったな)

三井の言葉を思い出す。絶対言わないだろう台詞にあんぐりと口を開けたまま、返事も出来なかった。宮城の知っている三井なら、

(容量がミニマムなんだからよ。マメに水飲め、バカチビ)

何とも無かったことに、安堵していることを隠そうともせずに、ひどく嬉しそうにからかうだろう

(テメーのせいで木暮に説教喰らったじゃねーか!バァカ)

不安がっていたのを如実に物語る瞳のまま、頬を膨らませ唇を尖らせて、蹴りのひとつも飛んできただろう

その程度は、予想していたのだが想定外の台詞に呆然となった…それに…避けられている…

バスケはほぼ普段通りと言っていい。ちゃんと目を合わせて会話もしている。
それでも何故か三井が遠い、と宮城は感じている。多分、宮城以外には気付かれないだろうのよそよそしさが腹立たしい。
ワザと絡んでも、三井は全く取り合わず全て受け流す。いかにも年上の、先輩らしい鷹揚さがらしくなさすぎていっそ気持ちが悪いとさえ思う。

(フザケんな)

腹立たしくて眩暈がしそうだ。

(アンタは俺を振り回して、俺がアンタを振り回すくらいが、ちょーどだったろうがよ!今更モノ分かりのいい先輩面してんじゃねーよ、気色悪ィんだよ!)

大きく舌打ちすると、苛立ちそのままに宮城は踵を返して、体育館へ戻って行った。



宮城の不在に気付いたのは三井だった。習い性のように振り返ったらいつも自分のそばに居るはずの宮城がいなかった。何故だかわからないが、悪寒が走って慌てて外へ駆け出してみたら宮城がぐったりと明るい日差しの中で倒れていた…

(チッ)

あの瞬間を思い出し、知らず知らず体が震えているのに気付いて、左手で強くサポーターを握り締めた。

「三井、膝が痛むのか?」

木暮の言葉に我に返る。顔を上げると、宮城と目が合った。不自然にならないように視線を逸らし

「ちょっと冷やしてぇ」

そう言って、駆け寄ってきた木暮の肩を借りた。コートの外で脚を投げ出すと、彩子が氷嚢を手に傍らに座る。
手早くシューズを脱がせると、手際良くサポーターを外し氷嚢をあてがった。

「手慣れてんなぁ…さすがに」

三井の感嘆するような言葉に、彩子はちょっと肩をすくめた。

「どーしたって慣れちゃいますよ、バスケ部ですもの」

「まぁ…そうだよな」

競技上、どうしたって接触は免れない。

「痛みます?」

「イヤ…」

痛むのは膝じゃない。多分聡明なマネージャーのことだから、気付いているだろう。
あえて何も言わない彩子の気遣いが嬉しかった。

(わかってるのか!三井っ)

投げられた言葉が蘇る。

(俺達には『最後』の夏なんだ!俺達が勝つ為には誰一人欠ける訳にはいかないんだぞ!!)

救急車を呼ぶより早いと、安西が倒れた宮城と付き添いにと安田を連れて病院へと搬送して、動揺の静まらない体育館で三井は木暮に胸倉を掴まれた。
何故、宮城の異変に気付かず放置したとなじられた。

(よせ、木暮)

赤木が止めてくれなければ、殴られていたかもしれない。

(俺達だって気付いてなかったんだ。三井ばかりの責任じゃない)

赤木の言葉も三井の耳にはただの音だった。
木暮の言った『俺達』が、誰を指しているのかわかっている。赤木と、木暮自身だ。2人っきりで今まで湘北バスケ部を支えてきたのだ。

(…悪かった)

他にどう言えば良かったのか、未だに思いつかない。温和な木暮の行動に、本音が垣間見えたようでいたたまれなかった。
でも…本当につらかったのは、倒れた宮城を見た瞬間だった。アスファルトの上で、刺すような日差しの中で、抱え上げた宮城の重みが刃のように三井の心に突き刺さった。
そして今尚、三井の心から血が流れている。
何事もなかったような宮城の振る舞いが、普段と変わらない物言いが、三井を苦しめている。
執着することが怖かった。失った瞬間の絶望に2年という歳月が蝕まれ、それはそのまま三井の中に知覚のないまま《闇》として巣くっている。
だからこそ、再び戻ることを許されたバスケだけを見ていたかった。誰とも慣れ合うつもりもなかった。ただ純粋にバスケにだけ全てを捧げるつもりだったのに…

いつの間にかスルリと、まるで今までもそうであったかのように、自分のそばに居た。
小馬鹿にしたような口調のくせに、見上げてくる瞳はいつも甘やかで《しょうがないね》といつでもどんな時でも許されていた。一つ年下の…

(宮城)

もう二度と、宮城を傷付けたくはなかった。愚かな自分の行いで宮城からバスケを奪った過去は決して消えない。先に意識を飛ばして知り得なかった《あの時》も、きっと宮城は冷たかったアスファルトの上で血を流して倒れていたのだ。
宮城の重みが三井の腕の中に蘇る。

(この罪は消えない)

償いを。その為に全てを捧げなければならない、バスケに。
手放せなくなりそうな、居心地のいい宮城の隣という場所を捨てて。
傍らに転がってきたボールに手を置き、三井は祈るように振り切るように、目を閉じた。












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