記念碑

□不機嫌の理由
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「あ…」


初めて聞いた赤木の動揺を隠しきれずに洩らした声に、吹き出しそうになるのを奥歯をギュッと噛み締めてやり過ごす。


「三井サン!?」


向き合うと、その辺に落ちているゴミでも見ているような、人とも認識しないように見上げていた瞳が、びっくりしたように見開かれて自分を直視しているのに頬が熱くなる。


「なにーっこれがあの女男!?」


オーバーなリアクションまでオプションした赤毛の一年坊主。

凍りついた体育館に、物柔らかな安西のいつもの笑い声が響いた。





「それじゃあ三井君、自己紹介してもらえますか?」


目の前に整列した部員達は未だにパニック状態らしい。
安西の隣に立った三井は、直立不動のまま


「3年3組、三井寿です」


とだけ言うと深々と頭を下げた。


「三井君は今まで休部だったんですがね…膝の方も良くなったので復帰してもらいました」


ニコニコと安西が言うのに、赤木と木暮だけが頷いた。


「今日から、バスケ部の『一員』ですよ」


「宜しくお願いします!!」


頭を下げたまま、三井は腹の底から声を出した。





ちょっといいですか?と温和な声で安西が赤木と木暮を招き寄せ、体育館を出て行った。

気まずい空気の中、三井とバスケ部員達は所在なさげに向かい合ったまま、誰も動こうとしない。
普段ならこういう時にこそ、さっと気持ちを切り替えて明るく指示を出す彩子も、さすがに何も言えずに三井を見つめたままだ。


「あンさぁ〜」


肩をすくめながら、宮城がボールを指先でまわし


「見合いじゃねーんだから、ヤロー同士で見つめあっててもしょうがねぇじゃん?……とりあえずコッチも自己紹介とかしとく?」


なぁ?と隣の安田にひょいっとボールをパスした。
宮城のセリフで凍りついていた空気が一気に氷解した。


「そ、それもそーよね。うん、リョータにしちゃナイスアイディアじゃない!じゃあカクちゃんからね!」


へへ、アヤちゃんにホメられちった♪と隣の安田の脇腹を肘で小突く宮城のだらしなく緩んだ顔を、物凄い目つきで三井が睨んでいるのを安田は見逃さなかった……



一通り自己紹介が済んでしまうと、再び沈黙になってしまった。
巡り巡って廻ってきたボールを手にずいっと桜木が三井に近寄る。


「それで《女男》くんはバスケは出来るのかね?」


心待ち胸を反らせた桜木がそう言うと、三井にボールを手渡した。

(中学MVPだって木暮さんが言ってたろーが!)

(アイツ一昨日の話覚えてないのか?)

(なんであーも偉そうなんだよ…あいつ)

2年の潮崎、角田、安田の3人があんぐりと口を開け、1年生トリオはオドオドと桜木と三井に視線を走らせる。
面白そうにニヤニヤしながらその様子を見ている宮城と、眠そうに目をこすっている流川。
彩子でさえ、ハラハラしているのを隠せない。


「なんならこの次期キャプテン、桜木花道が直々に教えてやってもいーぞ」


呆気にとられたように、三井はボールと桜木を交互に見ると


「お前が?」


と、問いかけた。


「『天才』だからな!」

「意味わかんねー。どあほう」


胸を張って高笑いする桜木に流川が小さな声でつっこんだが、豪快に笑っている桜木の耳には届かなかった。


「お前が俺にバスケ教えんの?」

「おー!ゴリを倒し、りょーなんの仙道さえも一目置くこの天才桜木に教われば、『女男』くんもすぐにレギュラーになれるぞ!」

「仙道?」

「なんだ、仙道も知らないのか?全く『女男』くんはしょーがないなあ」

「しょーもないのはアンタの方よ!桜木花道っ!!」


スパーンと豪快な音を立てて彩子のハリセンが的確に桜木の後頭部にヒットした。勢いにつんのめってうずくまった桜木の背中をどやすと


「アンタが一番初心者でしょーが!」

「そっそんなアヤコさん!」

「何がそんなよ!」

「だって」

「だってじゃなーいっ」

「だってりょーなん戦はリョータくんだって出てないし、キツネよりも上の番号だったんですよっ?」


ビシッと指差された流川がムッとしたのを石井と桑田がまあまあとなだめる。


「ゴールだって決めたし!」

「なに花道、お前シュートしたンか?」

「そーとも、リョーちん!かれーな庶民シュート見せたかったぞ!って…そーいえばなんでリョーちん居なかったんだ?」


不思議そうに宮城に問いかける桜木に

(今それを言うかー!!)

と、全員が内心ツッコんだ。

さすがに宮城も答えようもなく苦笑いしてしまう。
一瞬の沈黙の後、体育館いっぱいに笑い声が響く。
一体誰が?と皆がキョロキョロした先に三井が腹を抱えて大笑いしていた。さんざん笑うと涙目になりながら、三井は桜木に歩み寄った。


「仙道が何者か知らねーし、庶民シュートってのもわかんねぇけど、お前がすっげー面白い奴だってのはよく分かった」

「そ、そうか?」


照れたように赤くなりながら桜木がニコニコ笑いながら、三井の肩に腕を回した。

(誉めてねーぞ、桜木!)

と、再び全員が内心ツッコミをいれた。


「『女男』くんもいーヤツだな!」

「その『女男』ってヤメロよ」

「ふむ…それもそーか」

「そいでお前、俺に何教えるつもりだったんだよ?」

「?…うーん。そうだ!!リョーちん直伝のフェイク教えるぞ」

「宮城、の?」


一瞬言葉に詰まった三井に気付かず、意気揚々とボールを拾うと三井の腕を引っ張ってゴールの近くまで歩いていく。


「ちょっと!勝手に何やるつもりなの!?」

「だーいじょうぶッスよ!アヤコさん!なあリョーちん、もうフェイクカンペキだもんな!!」


桜木の言葉に三井以外の全員が宮城を振り返った。
矛先が向けられたのが面白くないのか、明らかに不機嫌そうになった宮城が不意に破顔した。


「花道!オメェじゃ荷が重ェから代わってやンよ」


走り寄ると、サッと桜木の手からボールを奪い取った。


「リョーちん?」

「お手並み拝見ってな…ネェ?三井センパイ?」


ニヤリと笑いかけた宮城に、三井の顔色が変わった。
怒りも露わに宮城を睨みつけると、無言でディフェンスの姿勢を取る。
向き合う2人の間に火花が散っているような剣呑なムードに、三度体育館の中が凍りついた。


「お前達、何をやってるんだ!練習を始めるぞ!!」


重い扉の開く音と共に赤木の声が響く。


「あらザーンネン。んじゃそーゆーこったカラ」


今し方まで発していた殺気を瞬時に収めた宮城が、何事もなかった風にスルリと三井の脇を通り過ぎた。
入れ替わるように走り寄ってきた木暮が


「三井、どうかしたのか?」


心配そうに話しかけてくるのへ、三井は無言で首を振る。
三井の洩らした小さな溜め息は、木暮の耳には届かなかった。

練習内容を告げる赤木の前に整列しながら、ずっと考えていた。

あの時…誰も気付いていなかった―

不機嫌そうになったのは…みんなが振り返る前だ―

桜木が、三井の肩に腕を回した瞬間―

確かに、聞こえた。《彼》が舌打ちしたのを、自分は確かに聞いた―


三井の不愉快そうな顔と宮城の舌打ち。

安田が、そして三井と宮城が、その『意味』を知るのはもう少し先のこと……











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