記念碑

□罰ゲーム〜君に触れたい〜
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昼休み、赤木に頼まれていた試合記録の整理をしていた彩子はふと顔を上げた。


「ねぇ、」


隣の席で一心不乱に読書に没頭している友人に声を掛けた。


「ん〜?」

「アレ、何?」

「アレって?」


生返事な答えに、足先で軽く机を蹴飛ばした。


「何よもう」

「だから、アレ」


やっと顔をこちらに向けた友人に指差してみせる。
彩子の指差した先で数人の男子が腕相撲をしていた。


「腕相撲」

「わかってるわよ、それくらい」

「あ〜先週だったかな?深夜番組でお笑いがやってたんだよね、確か…負けたら罰ゲームとかって」


2人で見ていると負けた男子がひとしきり喚いて財布を握りしめると、猛然と教室を飛び出した。


「罰ゲームは購買かな?」

「よくやるわねぇ」


呆れたように呟いた瞬間、この手のゲームに真っ先に飛びつきそうな顔が浮かんで、彩子はふるりと背筋に悪寒が走った。

(ヤダわ…こういうの。アタるのよねぇ…アタシ)

放課後の部活を思いやって、彩子はひっそりとため息をついた。



**************



ここ最近、三井の機嫌は非常によろしくない。

(三っちゃん…)

心配のあまり、うっすら滲んだ涙を堀田はそっと三井に見えないように拭った。
散々荒れていた時も心配は尽きなかった。自分は停学処分を受けたが、三井がバスケ部に復帰出来て本当に良かったと思っている。こんな素行の良くない自分達と、これを機に三井は離れた方が良いと3人で話し合って…意を決して三井に告げたのに――


『バァカ…今でもダチだろ』


そんな風にサラリと言って立ち去った、男らしい三井の後ろ姿が…今でも強く心に刻み込まれている。


「徳男!」


うっかり自分の世界にトリップしていた堀田の目の前で、三井が唇を尖らせて睨みつけている。


「聞ぃーてねぇならもういいっ!!」


そうは言いながらも自分の話を聞いて欲しい時は、絶対に席は立たない三井は今もそっぽを向いたまま、じれたように机をガタガタと揺らしている。


「ご、ごめんね?三っちゃん!ちゃんと聞いてるよ!!」

「………ホントか?」

「うん!!あの…生意気なんだろ?」


本当は最初の部分しか聞いてなかったのだが、三井は堀田の答えに満足したのかようやくこちらを向いてくれた。
拗ねたように唇は尖らせたまま上目遣いで堀田を見上げる三井を、堀田は心の中の『三っちゃん秘蔵アルバム』にしまい込んだ。


「じゃあさ、俺達でシメるよ!三ちゃん」


メガネをクイッと押し上げながら木原が勢い込んで言うと、三井は不服そうに鼻を鳴らした。


「ダメ。お前ら弱えから」

「そ、そんなぁ」

「それに安西先生と約束してっから絶対ダメ」

「でも俺達…バスケ部じゃないし」


と、石上がぼそぼそと言うと


「バカヤロー!宮城がバスケ部じゃねぇかよ!!」


やっぱりお前らじゃ話になんねーよ!とイスを蹴飛ばし、バックを引っさげて三井が走り去るのを、堀田達はがっくりと肩を落として見送った。





堀田達に相談したのは本当に間違いだったと三井はイライラしながら、ずり落ちかけたバックを背負い直す。
肝心な部分を濁したせいもある…けれど。

(だからって言えるかっ!)

散々いがみ合った宮城とどういう訳だか告白されて、呆気に取られている内にあっという間に押し切られ、自分より年下で自分よりもチビなヤローにいいように乗っかられてるなんて…


『アンタやっぱ…スゲェ可愛いよ?』


「わあああああーっ!!!」


宮城の…三井の心臓を鷲掴みにしたあの眼差しと声を思い出してしまい、誰も居ないのに三井は思わず絶叫すると頭を抱えてしゃがみ込んだ。

宮城のあの眼差しが…三井は苦手だ、と思った。あんな風に見つめられると動けなくなる。
そうしていつもいつも、宮城の思い通りに翻弄させられてしまう――

(畜生…あの野郎…いつまでもいい気になんかさせっか!)

グッと両手を握りしめ、それから勢い良く立ち上がった。

悲しい哉、体力も腕力も悪知恵も…何もかもが宮城の方が一枚も二枚も上手だ。だからといっていつまでも宮城の思い通りに振り回されるなんて絶対ガマン出来ない。

(ぜってーギャフンと言わせてやる!!)

どうやって?までの答えは無いまま、三井は鼻息も荒く体育館へと走り出した。



**************



着替えを済ませ、タオルを片手に体育館に入ると


「やぁ、早かったな」


と、木暮が近寄ってきた。もうアップを済ませたのか?と聞いたら、ちょうど今からなんだと言われた。
じゃあ、と三井が言いかけた瞬間、体育館いっぱいに桜木の高笑いが響いた。


「何やってんだ?」

「あぁ…なんか腕相撲」

「腕相撲?」

「そう。俺が来た時にはもうやってたな…なんか罰ゲームとかって。テレビでやってたらしいよ?」


しょうがないよな、と笑いながら木暮は首を傾げた。赤木が居たら絶対出来ないだろうが、多少融通の効く温和な木暮は咎めるつもりは無いらしい。
見ていると桜木が力一杯、角田にデコピンをかました。額を押さえて転げ回る角田に皆が爆笑している。


「あ〜あ…これじゃあ今日の角田は使い物にならなくなりそうだなぁ」


のほほんと木暮が言うのに、こっそり隣を見ると爽やかな笑顔なのに三井は

(木暮って…結構腹黒なのか?)

と、思った。


「天才ぃ〜桜木の優勝ぉ〜」


得意の微妙な節回しで歌い出した桜木に


「んじゃあ、俺とやっか?」


と三井の隣から声がかかった。
弾かれたように飛びずさった三井に苦笑いしながら、宮城は顎をクッと上げて桜木を見やった。


「どーするよ?」

「ぬー…やっても、いいけど…」

「けど?」

「負けたらリョーちんオゴリだぞ?今日の帰り」

「あ〜…そーゆールールか…いいぜ。そン代わりお前が負けたら…」


キラリと宮城の目が光った。


「晴子ちゃんに『告白』な?」


宮城の持ち出した罰ゲームに、桜木の顔が彼自身の代名詞でもある髪の毛以上に真っ赤になった。


「ちゃーんと、晴子ちゃんの『どこ』が『どう』好きなんか、ばっちり全員の前で言うんだぜ?」

「な、な…」

「俺が負けたら、ラーメンな?まあギョーザも付けてやってもいーか…んで、お前が負けたら『告白』タイム。どーよ、花道?早くやろうぜ?」


ダラダラと汗を流して放心している桜木の二の腕を、宮城は軽く叩いた。


「こんにちは〜」


その場に居た全員が一斉に振り向いた。校庭側の出入り口からいつものように晴子が友人と練習の見学に来たのだ。異様に張りつめた空気に藤井と松井が後ずさったが、晴子は全く気付かずに


「桜木くん!頑張ってね!!」


と、笑みを向けた。
その瞬間、悲鳴にも似た声を上げた桜木は、宮城を突き飛ばすと一目散に体育館から飛び出して行ってしまった。


「ッテェ…あのバカ」


ニヤニヤ笑いながら弾みをつけて立ち上がると、宮城は呆気に取られている晴子に


「もーすぐ部活だから花道探してきてくんない?」


と言った。

晴子が友人と連れ立って居なくなると、それまでの浮ついた雰囲気が一掃され、重苦しい沈黙が満ちる。

恐らくほぼ全員が

(えげつねぇ…宮城(先輩))

と思っていたに違いない。
皆の気持ちを代弁するように、三井が宮城に近寄った。


「ひっでー罰ゲーム持ち出しやがんのな、お前」

「何、面白いコト言っちゃってんのヨ…花道だぜ?俺の小遣い無くなるっての」

「そりゃあ…まあ…そうだけどよ、でも」


人の3倍も4倍も食べる桜木をうっかり奢って痛い目にあった経験上、宮城の言いたいこともわかる。それでもあの純情で純粋な桜木の想いを逆手に取るような宮城のやり方はやっぱり三井には納得出来ない。


「それとも何?アンタが代わりに俺とヤんの?」


こういう宮城のバカにしたような口調は三井が一番嫌っているのを知っていて、あえて投げかける。案の定、三井は目の色をかえて


「てめーなんざ秒殺してやんぞ!くそチビ!!」


と、いきり立った。


「そーこなくっちゃ♪」


思惑通りのコトの運びように、宮城はニヤリと笑ってみせた。
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