記念碑
□HAPPY MAGIC
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「オシャレだし」「話も面白いし」「結構イケてるし」「何より『楽しませて』くれそう」…
なのに既に9人からフラレているらしい…それもこれもみんな彩子のせいだと、昨日も責めるように言われて彩子はうんざりだと溜め息をついた。
その場限りのアソビなら、付き合ってくれそうだけど絶対本気にはならない男…そういう解釈をされていると知ったら、いったいどんな顔をするのだろう?そう思いかけて、止めた。
だいたいハナから本気になんてなってやしない―と彩子は思っている。宮城のアレは単なるリップサービスだ。本気かそうじゃないか…それくらいの判断なんて、簡単だ。
「彩子」
不意に声をかけられて、ドキンと胸が震えた。
「アイツは…予選に間に合うのか?」
何故それを私に聞くの?…わかってる。マネージャーだから…同じクラスだから…それとも…貴方も勘違い、してるから?
「アイツって?」
声が…震えてなければ、いいのだけれど…
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視界の端で喧々囂々と始まった。またか、と最早誰一人止めに入らない。傍らでダムダムとドリブルをしている桜木のリズムが微妙に崩れてきて、混ざりたい気持ちがありありと伝わってくる。すうっと息を吸い込んで、手にしたハリセンで後頭部を叩いた。
「ふざけるなっ!このクソ野郎!!」
一際大きな三井の声が響いて、足音荒く出ていく背中を木暮が追いかけて行った。
見慣れた光景に誰も振り向きすらしない。
後頭部を抱えて転げ回っている桜木をうっちゃって、彩子は宮城のそばへ歩み寄った。
「アヤちゃんvv」
と、笑顔を向ける宮城を腕組みをして睨みつける。
「…いい加減にしなさいよ」
「え?」
「悪ふざけが過ぎるわよ!」
「アヤちゃん?」
「三井先輩で遊ばないでって言ってるの!」
「ええーそんなアヤちゃんまで三井サンの味方とか言っ「うるさい!」」
唇を尖らせた宮城の言葉を遮って怒鳴りつけた。呆気に取られた宮城の眼差しにいたたまれなくなる。こんなことを言いたかった訳じゃないのに…
取り繕う言葉も出ない自分にも腹が立ってきて、彩子はふっくらとした唇を噛みしめた。
「三井はどうした?」
良く響く赤木の声に反射的に振り向いた。三井を追いかけて行ったはずの木暮がいつの間にか戻っていて、肩をすくめながら首を傾げている。
眉間にくっきりと縦皺が寄るのが見えて、あの皺を指先で伸ばしてみたいな…ぼんやりと思って、ふと肩に置かれた手の重さに気づいた。
思いがけない優しい手の温かさに、かえって振り向けなくなる。内心の動揺を振り切るようにその手を掴み、
「探してきます!!」
ひときわ大きな声で叫ぶと返事も聞かないで、彩子は宮城の手を掴んだまま体育館を飛び出した。
渡り廊下を走り、体育館から一番ま反対側の校舎の端まで彩子は一言も口を聞かずに走った。途中ですれ違ったクラスメイトの視線も、戸惑いを隠せない宮城の呼びかけも、何もかも知らないふりでやり過ごした。
情けないなと思いながら呼吸を整える彩子の隣で困ったように目を細めた宮城の息は、ほとんど乱れていなかった。
「やっぱり…ブランクは、ごまかせないわね」
苦笑して見上げてくる彩子に、宮城は頬を緩めた。勝ち気で美人なアヤちゃんが好きだよ?なんて、リップサービスもしっかり忘れない。
「あのさ…」
「なに?」
「ゴメンね?」
掴まれたままだった手をゆっくりと外しながら、宮城が言う。
「ちっとフザケてたかも」
「ちょっとじゃないじゃない」
指先に勢いよく流れ込む血液。痺れる指先を拳を作ってごまかした。多分、握られていた方がもっと痛かったはずなのに、目の前の宮城はやっぱり笑みを浮かべたままで、思わずその顔に見とれた。
(こんな風に笑うようになってたんだ…)
もっと『尖って』いたと思っていたのに。
いつの間にか変わっていたことに気付いた。
フザケていても、輪の中に居ても、どこかそこから外れている感がいつもあった。
あの頃の宮城はもう居ないのだと思い、グウッとこみ上げてきた熱いものを飲み込んだ。
あの頃の宮城よりも、今の宮城の方がずっといい…
そう告げようと思って、止めた。そんなセリフは自分には似合わない。
「あんまりイジワルするなら」
不意に話しだした彩子にキョトンとした顔を向ける宮城が、可愛く見えた。いっそ『幼い』とも言えるような顔が。
こんな顔も初めて見た。あどけない無防備な様子に、抱きしめて頭を撫でてやりたくなる。
「私がもらっちゃうわよ?」
「えっ?」
「でもダメね。きっと学校中探したって見つけられないから」
くしゃりと宮城の顔がしかめられた。だんだん赤くなる頬にそっと手を伸ばした。
「早く探して来なさいよ」
「アヤちゃん…」
「バカねえ、ホント……でも」
ゆっくりと赤い頬を撫でた。
「今のリョータは、うん…好きよ」
「エッ!?」
彩子の突然の告白に宮城の声が裏返り、後退った。無意識の宮城の態度に今度こそ声を上げて笑う。
それから手を伸ばして、ピアスの無い耳たぶを軽く引っ張ると腰に両手を置いて向き合った。
「男だろ、そろそろケジメつけてこい!宮城リョータの名が廃るぞ!!」
と、笑った。
彩子の笑顔を眩しそうに見つめ宮城は赤くなった頬を人差し指で掻いた。
拳を突き出すと、宮城もまた拳を差し出した。軽くぶつけると彩子は宮城の脇を通り過ぎる。
「アヤちゃん!」
呼び止める宮城の声に肩越しに振り向いた。
「やっぱアヤちゃん、女神様だね!!」
そう叫んで走り去った背中に苦笑いをして、彩子は体育館へと戻る。
自分でも木暮でも、探しだせない彼を必ずアイツが捕まえる―
「Happy Birthday…リョータ」
脳裏に焼き付く晴れやかな笑顔のアイツに、そっと囁いて彩子は体育館へと走り出した。
まだ眉間に皺を刻んでいたら、この手で伸ばしてやろう。
誕生日の魔法なら、きっと自分の手の中にも……
終