記念碑

□噛み痕
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三井の肌は、肌理が細かく滑らかで、触るととても気持ちがいい。
特に普段あまり陽に当たらないような部分は、真っ白で柔らかい。
見た目も手触りも、すごく気に入っていて、そんな三井の肌に傷ひとつつけてはいけないと、どんな時にも細心の注意を払ってきたつもりだった。
なのに、今隣で眠っている三井の左の中指には、くっきりと歯で噛んだような跡が付いている。

なぜ、そんな傷がついたのだろう?

宮城は朝の柔らかい日差しの中で熟睡している三井の寝顔を見ながら、その理由をずっと考えていた。



三井が宮城の部屋に泊まりに来たのは、久しぶりのことだった。
赤木と木暮の引退した後も冬の選抜まで目の上のタンコブよろしく居座ったおかげで、三井は念願の進学を手にし桜前線を逆に辿る形で卒業した。
見知らぬ土地での1人暮らしにヤキモキしていたのは宮城の方で、入学式後にかかってきた三井の声は意外とのんびりとした雰囲気で
「アイツ居たぜ。ほら…何だっけ?…か、カリメロ?」
「誰がカリメロやねん、ボケ!」
被さるようなツッコミと共に切れた携帯に宮城は二の句も告げずに立ちすくんでいたのがもう1ヶ月も前のこと。
密かに三井の元へ行こうと胸の中で決めていた楽しいゴールデンウィークは他校(寄りによって仙道率いる陵南だった)からの合同合宿で潰え、三井は三井で何かと忙しく結局連休中一度も連絡が取れないままだった。
三井が去ってから2ヶ月近く。

会えなくなって、もどかしい気持ちさえ感じる余裕のない日々を、宮城はそれなりに楽しんでいると思っていた。
キャプテンとなって半年あまり。新入部員と新たなチームで、今年こそ全国優勝をもぎ取ろうとつい先日も盛り上がったばかりなのだ。名実共にエースとして相応しくなってきた流川、相変わらずの自称天才の桜木を始め、三井達の成し得なかった優勝旗を手に入れる為に――

だけど久しぶりに三井に会った途端に、宮城の理性は簡単に吹っ飛んだ。
気がつけばろくな会話もしないで、三井をベッドに引きずり込んでしまっていた。



怒られるのは覚悟の上だったが、三井はちゃんと付き合ってくれた。どうやら飢えていたのは自分だけじゃないらしいと密かに胸をなで下ろした。
何度目かに、いい加減にしろと呆れ果てたように言われた気もするが、それでも最後まで嫌がる素振りは見せなかった。

それにしても、どうしてこんなところに歯形がついているんだろう?

シーツに投げ出されている左手に顔を近づけて観察してみる。そこまでしても、三井は枕に半分顔を埋めたままで全く目を覚ます気配もない。
よほど疲れさせてしまったらしいと、ほんのり笑みを浮かべてぐしゃぐしゃになった後ろの髪を撫でると、三井の肩がほんの少しだけ、揺れた。

噛み痕は、左手の中指の付け根近くについている。どう考えても偶然ついてしまうような跡じゃないし、こんな場所を噛んだ覚えは宮城には全くない。
宮城でないとしたら、あとは三井本人しかない。三井が自分で指を噛んだのだろうか…?

きっとそうだ。これは三井自身がつけたのだ

ふとその理由に思い当たった途端、宮城の顔がかあっと赤くなった。

夕べ、宮城は三井が欲しくて欲しくてたまらなかった。自分のことで手一杯で、周りどころか目の前の三井ですらよく見えていない有り様だった。僅かに残る記憶を辿れば、脳裏に浮かんでくるものがある。

宮城の無茶な行為に付き合わされた三井は、必死な様子だった。抱きしめた躯は火がついたように熱く、汗に濡れていた。
背中に回された腕の力は、息が詰まるほどに強くて、それが尚更宮城を昂ぶらせた。
荒い息、高い体温、痛いくらいに食い込む指……
全部が、それまで覚えていたどの時よりも、ずっとずっと熱く激しかった。

でも、三井は声を出さなかった。
苦しげに喘いではいたけれど、ときどき短く途切れた声を上げるだけだった気がする。
覚えている限り、三井はいつも大きな声を上げたりはしなかったけれど、それでも名前くらいは呼んでくれていたと思う。
だけど、夕べはそれすら聞いた覚えがない。

きっと、三井は声を堪えていたんだろう…
こんな跡が残るくらい、強く指を噛みながら…

バカだな…と胸の中で呟く。

いくらでも、声を上げたっていいのに……
それがどうしてもイヤなら、自分の指でなく、オレの体を噛めばいい

どうしようもないほどの愛おしさがこみ上げて、宮城は慌てて瞬きを繰り返して滲んだ涙を振り払う。ひとつ年上の、この不器用な表現をどうしていいのか分からない。

指に残る跡にそっと触れてみる。

どれくらい噛んだら、こんな風に残るんだろう

試しに自分の指を思い切り噛んでみたが、何度やっても同じような痕をつけることは出来なかった。

アンタの肌に残す痕なら、たった一つ、それだけでいい―

目覚めたら、三井に問いかけてみようと思う。
きっと何の話だと真っ赤になりながら、拳を振り上げるに違いない。











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