記念碑
□君を構成する一部分
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宮城は夕食の片付けを手早く済ませると缶ジュースを2本とポテチを持って自室に向かった。
「な〜新刊買ってねえの?」
宮城のベッドを我が物顔で寝そべって、三井は読みかけのマンガを軽く振った。
「買ってっけどオレまだ読み終わってねーんすけど?」
「何だよ…じゃあさっさと読め」
「てかマンガ読みきたワケじゃねえじゃん」
ぼやくように呟いた宮城の台詞は無視して三井はテレビのリモコンに手を伸ばす。せわしなくチャンネルを変えた後、クイズ番組に落ち着いた。入れ替わり立ち替わりパネラーが交代しながらクイズを答えていく。宮城の枕を抱え込みながらベッドの上で胡座をかいている三井の足元にベッドを背に宮城は座るとジュースを開け、菓子をつまみながら買ったばかりの新刊に手を伸ばした。
「読んでる間、ビデオ見てていーっすよ?NBAの」
「いーよ。コレ見てからで」
「三井サン、クイズなんか見んの?」
「ん〜」
「?」
上の空な三井の返事に宮城が振り向くと、三井はうっすら笑みを浮かべてテレビを見ている。そんな三井の表情を訝しく思いながらテレビを見るとおバカを売りにしているアイドルが映っている。
「…三井サンてあの子のファンとかだったり?」
「ファンってか…別にちょっとイイなってだけ」
「……」
司会者に4択の問題を2択にまでしてもらい尚間違えるなんて絶対狙ってるとしか思えない。大げさに両手を振り回して「ヤダア〜」なんて鼻に抜ける声を張り上げてアピールする様は滑稽にすら見えて
(三井サンて女の趣味悪ィの)
と、宮城は思った。
「三井サン読み終わったよ」
新刊を手渡して代わりにリモコンを受け取ると、宮城は連ドラにチャンネルを合わせた。ちょうど始まったばかりだ。
「お前こんなん見てんの?」
「あ〜うん」
CMなったらジュース持ってくっかと思いながら、ローテーブルに頬杖をついてドラマに集中した。
「…面白いか?」
「あんまし。先週から見始めたし」
「じゃいーじゃん。ビデオ見ようぜ」
「あと30分だから」
「ケッ」
背中の真ん中を軽く爪先で蹴飛ばしたが宮城は微動だにせずに熱心にドラマに見入ってる。
ふてくされた三井は陣取っているベッドの場所をほんの少しだけ移動した。マンガを読むふりをしてこっそり宮城の横顔を覗く。つるりとした滑らかそうな頬からシャープな顎までのライン。
(やっぱ似てる…)
たまたま見た単発ドラマに出ていたのが先ほどクイズ番組でおバカを強烈にアピールしていたアイドルだ。ストーリーもろくに覚えてないドラマだったが、心持ち見上げるように振り返った彼女の横顔のラインに釘付けになった。
他の何もかもが全く違うけれど特定のその角度の瞬間だけが、宮城のそれと酷知していると思った途端、一気に気になるアイドルに昇格してヒマがあればついつい彼女の出ている番組をチェックしてしまう。
ファンかと聞かれても別に彼女の調子っ外れの歌には興味も無い。写真集ならどうかと言われたら…どうだろう?手に取りたいかもしれないな…と三井は思った。
来週の予告が見終わったところでやけに大人しくなった後ろを振り返って、宮城は目を丸くする。
三井は宮城の枕をしっかりと抱きしめたまま、すうすうと寝息を立てていた。
「三井サン寝てんの?」
そっと声をかけてみる。
それからゆっくり体を起こして立ち上がると、ベッドに近づいて三井の顔を伺った。
うっすらと目の下にクマが出来ている。伏せられた睫毛が思っていたより長い。無防備にほんの少しだけ開いた口元から、三井の飲んでいたオレンジの香りがする…
甘い香りに吸い寄せられるように無意識に鼻先が触れ合うほど近づいて、体重がかかったベッドがギシリと鈍い音を立てた。
不必要に大きく響いた音に我に返って慌てて身を起こすと、宮城はギュッと目を閉じた。
(何やってんだよオレ!)
そろりと目を開けて三井の様子を伺うと、微動だにせずにぐっすり眠っている。
(疲れてんのかなあ…)
順調とは言い難いが確実に勝ち上がっていく中で、日々の練習は激しさを増している。ブランクのある三井には相当厳しいのかもしれない。
もし三井が膝を壊していなかったら…あんな出逢いはなくて普通に先輩後輩としてバスケをしていたんだろうな、と思う。そうしたらこんな風に宮城のベッドで宮城の枕を抱えて眠る姿は見れなかったに違いない。
そう思ったら、なんだか三井の寝顔がとても貴重な物に思えてきて、宮城は衝動的に携帯を取り出すと三井の寝顔を撮っていた。
以前、2年間も寄り道をしていたせいで親からの信用が0になったと嘆いていた三井をどうにか起こして駅まで送ろうかと言うと、三井はタクシーで帰るから大丈夫だと言い、宮城に大通りまで見送らせると、ビデオまた今度な、と言い残して帰っていった。
がらんとした家に戻って、明日の朝練に三井は間に合うだろうか?と思う。
最近、何をしていても三井のことを考えている。
(迎えに行ってやろうかな?)
悪ノリで、冗談めかして迎えに行ったら案外三井は喜ぶかもしれない。もちろん文句は散々言うだろうけど。
あんなにムカついて、あんなに大嫌いで、最悪な野郎だと思っていたのに。
うっとうしい髪をバッサリ切ってバスケ部に戻った三井は、宮城を生かしてくれる理想のシューターだった。
三浦台戦で三井が放ったシュートの軌跡。誇らしげに歩み寄ってきた、三井の口角をニヤリと引き上げた男前な笑みに宮城の胸に蟠っていたしこりが霧散し、その心地良さにつられて宮城もニヤリと笑みを返した。
あの瞬間、多分三井自身が一番重荷としていた物が軽くなったように思う。それまでの三井を囲んでいた壁のような物が取り払われて、本来の三井に出会えたような気がする。
ストイックな赤木には出来ない色っぽい話や、真面目な木暮とは出来ないサボリ、同輩の安田達とはしない真剣なバスケの話…そのどれもが三井とは違和感なく出来る。
たまに機嫌のいい時に奢ってくれる部活帰りの寄り道も、三井となら何倍も楽しい。
アイコンタクトも無しに通るプレイに全力を出せる速攻。三井とするバスケが楽しくて、どんなに練習がキツくても全然構わない。
三井となら、全国を狙えるのだ。
ふと机の上の隠し撮りした彩子の写真が目に入った。
こっそり手に入れた彩子の写真はずっと宮城の御守りのような物だった。入ったはいいがどんなに努力しても練習を重ねても勝てないバスケをいつかあっさり見限らない為の…
(オレ、頑張るかんね)
ベッドの上で思い切り伸びをして、宮城は目を閉じた。
(三井サン、もう寝たかな…)
「別にちゃんと起きれたよ俺」
「の割に待たされたけど?」
「るっせーな…迎えに来いなんて言ってねーぞ」
「そーだっけ?」
バッシュを手に体育館に向かいながら、やっぱ文句ばっか言ってんよこの人…と思ったら、何だかめちゃめちゃ可笑しくなってくるのを、宮城は必死でこらえている。
文句は途切れないが、うっすら赤くなった耳と何より宮城を見た瞬間の一瞬の嬉しさを隠せない笑顔が、三井の本音を物語っていた。
「そーいやお前あんな連ドラ見んのな」
「は?」
「昨日見てたろ?」
「あ〜」
「ホームコメディっての?イメージじゃなかったからちょっと笑えた」
さもおかしそうに笑いかける三井に、宮城は目を細めた。
「で?お前どっちが好み?やっぱライバルの方だろ?ちょっとアヤコ似だもんな」
お前分かりやすいなあ、と三井が笑う。
「あ…うん、まあね」
曖昧な笑顔で応えながら体育館の重い扉を開いた。
(そっか…アヤちゃん似の子が出てんのか…惜しかったかな?まあ来週見ればいっか)
ほとんど上の空で安田と組んで柔軟をしながら宮城はチラッと三井の方を見た。
脚を投げ出してゆっくりと前屈していく。ぺたりと上体が体育館の床に着いたが格段苦しそうにも見えない。
薄赤かった三井の耳は、もう普段の色合いを取り戻している。
軟骨の部分は小さくてコリコリとしていて、そのくせ耳たぶはふっくらとしていて…
先週から見出したドラマのヒロインの耳とそっくりだ。
長い髪を耳にかけ、物思いに沈んだあのヒロインと…
三井が言うほどドラマの内容なんて覚えてない。気になったのは彼女の耳だから。
三井は髪を切って本当に良かったと思う。
そこまで思い至ってから、ゲッと宮城が呻いた。
「あ!ごめんリョータ」
慌てた安田の声に答えられずに宮城は体育館の床にへばりつく…
(ちょっとコレ、マズいんじゃねえ?)
何も知らない安田がオタオタと宮城を起こそうと躍起になっているけれど、宮城は火照り出した顔を上げられないでいた。
終