献芹館

□誕生日に想うこと
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出戻り差し歯な元ヤンの三井は朝練だけで既に汗だくだ。
短くなった髪から汗が雫のように滴り落ちているのが視界の隅にチラリと見えて、オレ宮城リョータはうんざりした気分で顔を背けた。特別視力がイイ訳じゃないが、不快なモノは避けたいよな…特に朝からってのはさ。
因縁浅からぬ仲なのを知っててロッカーを隣同士に決めたのは木暮さんだ。





バスケ部襲撃事件の翌々日、オレは木暮さんに呼び出された。


「三井も本当は素直でいいヤツなんだよ」

「…」(いいヤツが襲撃なんかすっかよ)

「宮城の方から打ち解けてくれたら三井の気持ちも軽くなるし」

「…」(イチャモン付けてきて、フルボッコしてきたのはアッチだっつーの…ってかオレもやり返したけどさ。アリャ正当防衛じゃね?)

「これから同じバスケ部、同じガードとしてさ、どうかな?三井と」

「スンマセン、無理ッスよ」


部に戻ってきた元中学MVPにどれだけ心酔しているのか…本心が透けて見える木暮さんが言ってきたのは

『宮城の方から三井と仲直りして欲しい』

だった。
どう考えたって無理。つかなんで被害者なオレが頭下げて

『仲良くしましょう』

なんて言わなきゃなんねーんだっつーの。何だソリャ…中坊日記か?っての。困るのは木暮さんが全くの本気で言ってるってことだ。イイ人なンは知ってたが、ここまでしちゃうンか?とオレは内心呆れてた。


「……」


即答したオレのセリフに木暮さんは思いっきり長い溜め息をついて俯いた。まるでオレのが悪役だ。罪悪感を求めてるつもりなのかと疑いたくなる。


「……そっか…うーん。まあ宮城の気持ちも分からない訳じゃないんだけどな…」


分かってンならハナから振ンなよ、と思ったけど黙ってた。
木暮さんは顔を上げるとメガネを指先で押し上げながらニッコリ笑った。


「悪かったな、昼休みなのに呼び出して」

「イエ」

「もうすぐ休み時間、終わっちゃうな。宮城は次の授業なに?」

「…数学っす」

「そっか。ならサボらす訳にもいかないな」


ちょっと引っかかる感じがしたけど木暮さんはさっさと部室を出ようとしていたので、オレも黙って木暮さんと一緒に部室を出た。

その日の部活で、やっぱりどこか輪に入れないような三井に声を掛けたのは1年トリオだった。


「三井先輩、シュート見てもらえませんか?」


専ら話し掛けているのは桑田で、石井と佐々岡は後ろでビクビクしてたけど。直接手を上げた訳じゃないがまさか1年から話し掛けられると思っていなかったのだろう…三井の顔がパッと赤くなった。
う、イヤ、でも…とか何とかゴニョゴニョ言ってるのが聞こえた。すかさず木暮さんが動いて三井の肩に手を置きながら一生懸命なだめすかしる。そのうち気持ちが固まったのか、三井は小さく頷くと桑田の差し出したボールを手に開いてるゴールへと歩き出した。その後ろを1年トリオがついて行く。


「三井さんのシュートなら1年のいい見本になるよね」


と、隣のヤスが感心したように言う。


「そーだよなあ…本当にブランクあんの?って感じ」

と、潮崎。


「俺さっきディフェンスついたじゃん?したら後でさ、こーゆーとこが良くないとか教えてくれてさあ」


と、角田。ちょっと得意そうに鼻をこすってる。


「あの後、キャプテン止められたんだよー!初めてだぜ?キャプテン止めたの」

「何だ、三井さんに教わったからなんかよ〜」

「いやでもホント、全然動き違ってたもんな。リョータもそう思ったろ?」


オレのムカつきに全然気付いてないヤスが呑気に話題を振ってきた。

どいつもこいつもあのヤローが何したか忘れてンじゃねぇの?

応える気にもなれなくて、オレは行きたくもないトイレに逃げ出した。

オレを懐柔して三井のバスケ部復帰の後押しをする目論見が失われて、木暮さんは1年トリオを使うことを思い付いたに違いない。頭の回る先輩だ。1年なら…特にあの3人なら副キャプテンの木暮さんの言うことに逆らえないしな。

散々殴って殴られた桜木は三井がバスケ部に戻ったとたん、

『ミッチー』『ミッチー』

とえらく懐いているし…腐っていたが元中学MVPの実力に敵対心を燃やしているのか、流川ですら1onの相手を三井としたがる(最も三井の体力が無いせいで毎回断られてるが…)

木暮さんの思惑は上手く行ってアレから10日余り…オレだけが、オレだけが…三井と……





思考のループに陥りかけたオレの耳に桑田の声が飛び込んできた。


「三井先輩、お誕生日おめでとうございます!コレ…俺たち1年全員からなんですけど…受け取って下さい!!」

「えっ!?」


「いやぁ三井良かったな〜もちろん喜んで受け取るよな?そうそう俺と赤木からもほら、プレゼント」


真横で繰り広げられてる様子についつい隣を窺うと、真っ先に赤く染まった耳朶と首筋が目に飛び込んだ。
キャプテンの復帰祝い込みだ、とか何とか言ってる声も聞こえたが、どういうワケかオレの目は三井の横顔に釘付けで一瞬もそらせない。


「三井先輩、コレ…俺たち2年からっす!誕生日おめでとうございます!!」


と、角田と潮崎、ヤスの声がした。


「2年、から?」


不意に三井が振り向いた。朱く染まった頬。潤んだ瞳が真っ直ぐオレを見ている…

その時初めてオレは三井を、アノ人を見たんだ―――
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