献芹館

□7/14のかき氷
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点検が入るとかで、午後から体育館が使用不可になる。本日唯一の練習でもある朝練の後、宮城に呼び止められた。訝しげに立ち止まった三井の手に薄い封筒が押し付けられる。


「?」

「あれ?今月誕生日でしょ?」

「あ…あぁ」


開けて、開けてと催促されて手渡された封筒を開けてみた。


「何だ、これ?」

「サポーターの注文書」

「サポーター?」

「オーダーメイド出来んだって」


何で?と問いかけることも出来ず、感謝の言葉も言えずに立ちすくむ三井に


「アンタさ、やっぱすげえと思うよ?MVPは伊達じゃねぇって感じ…でもさ、見てたら時々足かばってんじゃん?治ったって聞いたけど気になんのかなって思ってさ。まあ気休めにしかなんねーかもしんねえけど…そいでさ、ソレ作り行く時俺も一緒に行ってもいい?」

「は?」

「ダメ?」

「いや…別にダメってワケじゃねぇけど」

「んじゃ今日。今日作り行こうよ。部活無ぇしさ。オーダーメイドだと日にちかかっし。予選間に合わなかったら意味ねぇもんね」


うっすらと痣の残る顔が満面の笑みを浮かべ見上げてくる。
三井は手の中の封筒と目の前の宮城を交互に見やった。


「お、まえ…何で?」


間違いなく一番迷惑をかけた相手だ。理不尽な言いがかりに巻き込んで多勢に物を言わせて入院までさせた。挙げ句復帰初日に再び徒党を組んで乗り込んできたのは確かに自分なのに…
恩師を前に泣き崩れた三井がバスケ部に戻ってから、宮城とまともに口を利いたのはこれが初めてで、一番謝罪しなければならない相手にまだ何も告げていないことを思い出した三井は眉をひそめた。そうして意を決して謝罪の言葉を口にしようとした瞬間、宮城が軽く手を上げてストップ、と言った。


「……いーよ、もう。アンタ最強にブサイクだったぜ?前歯は無ぇし鼻血ダラダラ流してっし気絶したかと思えば、超泣くし…あんなブサイク拝まさしてもらったもんな。しょうがねぇじゃん?…今までンことは水に流しましょーや、三井センパイ?」


ニヤリと笑って宮城が一歩近付いた。


「ちなみに俺の誕生日、7月だから♪」


上げた手で三井の肩を軽く叩くとさっさと走って行ってしまった。
呆然と立ち尽くしていた三井はハッと我に返ると


「テメエ!誰がブサイクだ!!」


部室前の廊下でひとしきり喚いていた。



**************



何気なしにカレンダーを見て、もうすぐ宮城の誕生日なことを思い出した。

(あ〜やっぱ何か買わなきゃなんねーよなぁ…)

痛めた左膝用にオーダーメイドしたサポーターは予備も含めてそれなりの金額で、いくら半分持つと言っても宮城は頑なに拒み、結局全額宮城の財布から支払われた。

(やべーなぁ…俺、今月金無ぇんだよな)

幸い宮城の誕生日は月末で、復帰当初はギクシャクした関係だったが今では宮城といる時間が一番長くて一番心地いい。
タメ口と敬語を微妙に織り交ぜた口調と豊富な話題、何よりも宮城のバスケセンスは間違いなく自分と遜色ないレベルの高さで、あれだけピタリとハマる痺れるような絶妙なパスは今まで体感したことがない。
県内の2年生の中で、間違いなくNo.1のPGは宮城だと三井は思っている。もちろんそんなことを言えば調子に乗るのは目に見えているので、絶対言うつもりは無かったが…

(何が欲しいのか探り入れとくかな?)

自分の誕生日に一番必要としていた物をもらった。今ではまるで三井のトレードマークにもなった湘北カラーの赤いサポーター。同じ贈るなら宮城が一番欲しいと思っている物を贈ってやりたい。
当たり前のように他人から享受されるばかりだった三井が、初めて相手を思いやって何かを贈る…そんな些細な出来事を他の誰でもなく、宮城の為にする。
何だかワクワクするような、ドキドキするような…不思議な高揚感に浮き立ちながら、三井はバックを手に部室へと向かった。





部活帰りにコンビニに立ち寄ってそれから駅までの途中にある公園でダラダラと喋るのも最早日常の1コマだ。
何かの都合でそれが潰れると、どうにも落ち着かなくなるくらい三井の中では当たり前で普通の出来事で…それが無かったことの方が信じられない。


「な〜宮城ぃ」


夜になっても暑さの残る公園でかき氷を食べながら、三井は隣で同じようにかき氷を突き崩している宮城を覗き込んだ。


「なンすか?」


顔も上げないで真剣に、こぼさないようにかき氷を崩している宮城の横顔が、バスケをしている時にちょっと似ている風に見えて三井の顔が綻んだ。
宮城のかき氷の食べ方は変わっていると思う。まんべんなく氷とシロップと混ぜてから食べ始めるのだ。
半ば溶けかかっているから一気に喰っても頭が痛くならないんだと言われたが、キーンと頭が痛くなるのもかき氷の醍醐味なんじゃないかといつもそれで口げんかになる。
好みの混ざり具合になったのかストローの先の平たくなった部分で青く染まった氷を口にしながら、ようやく宮城がこちらを向いた。


「で、何?」

「お前さ、もうすぐ誕生日だろ?」

「うん、31日。よく覚えてたじゃん」

「バカにすんな!それくれぇ覚えてるよ!」

「マジで?ホントかよ〜?」

「何だよ!!疑ってんのか?あーもームカついた。やっぱ何にもやんねー」

「えぇっ!?何ソレ!つかアンタくれる気だったの?」

「そのつもりだったけどムカついたからヤメだ、ヤメ!」


思いきり舌を出して言うと、


「えーっ何だよ!!フザケんなよー!ちゃんと寄越せよなぁ!!」


と、かき氷を片手にじゃれついてきた。普段スカした宮城が甘えるようにじゃれついてみせるのも、三井だけだと知っている。自分しか知らない特別な宮城というのがとても嬉しい。自分だけがそれを見ることを許されているという…優越感が。


「わっ!バカっこぼれんだろ!!」

「ヤダ!プレゼントくれるって約束してくっさいよぉっ!」

「テメエそれが先輩に向かって言う台詞かよ!ちゃんと拝め!敬え!奉れ!」

「奉れってカミサマかっつの」

「バカやろう!俺サマの華麗なシュートは神だろーが!」

「うわ、自分で言ってっし」


ゲラゲラと笑い出した宮城の肩に自分の肩をぶつけてやる。
こんな風に三井がふざける相手は宮城だけだ。もともと誰かとベタベタ触れ合うのは苦手だったし、それでなくてもこの暑い最中に他人と望んでくっつこうだなんて思うだけでもうんざりする。

宮城だけが特別だと、宮城は気付いているのだろうか?

ひとしきりふざけあって、笑いあって、それから液体に近くなってしまったかき氷を啜るように味わった。隣からゴクゴクと飲み干している音が聞こえてくる。喉を滑り落ちるかき氷が甘くて冷たい。


「そいでお前欲しいモン、あんの?」


最後のかき氷が傾けたカップからポタリと垂れるのを、伸ばした舌先で受けとめてペロリと唇を舐めた。
ぬるかったはずの風までが涼しく感じて、三井はご機嫌な気持ちのまま横を向いた。


「…宮城?」


まるで睨み付けるような眼差しに、三井の心臓がドキリと跳ね上がった。
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