献芹館

□七夕
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「三井さん、さっきはすみませんでした」

ぼんやりと壁に背中を預けてコートを見ていた三井に安田が声をかけてきた。
一拍置いてから先ほどのプレイのことだと思い至った三井は、気にすんなと緩く笑った。
そんな三井に安田もつられるように笑みを浮かべ、タオルを差し出した。それから三井の隣に座るとコートに目を向けた。

「花道!もっと中入れっ中!!」

「お、おう!」

ボールをキープしながら激を飛ばす宮城の指示に、桜木が動いた瞬間、宮城の手を離れたボールが斜め後ろにいた潮崎の胸元へまっすぐ飛び込んだ。全くのフリーだった潮崎がレイアップを決める。

「ナィッシューッ!」

すかさず彩子が声を上げ、ヘラリと宮城の顔が崩れると得意げに彩子に向かってピースしてみせるのへ、木暮が苦笑して赤木がバカモンが…と呟いた。

「リョーちんひでえ!!なぜこの天才にパスを出さんのだっ」

「うるせえっディフェンスに集中しろ!流川が来ンぞ!!」

「なにっ!」

慌てて自陣に戻る桜木を見て安田が小さく声を上げて笑った。

「リョータは今が一番楽しそうにバスケやってるなあ」

ポツリと零した安田の言葉に、

「そりゃあ…アレだろ?」

素早く反応した三井がコートの反対側の彩子を指差した。

「マネージャーなら去年も居ましたけど?」

「なら…桜木とか流川か?」

三井の答えに安田は苦笑する。

「違いますよ…三井さんが戻ったからじゃないですか」

「は?」

「三井さんが戻って…リョータの持ち味を一番生かしてくれてるから。だから俺、三井さんが戻ってくれて本当に嬉しいんです」

邪気の無い笑顔で語る安田を見ながら、三井の頬がじわじわと赤くなる。

「俺、リョータのプレイ好きなんです。あんな風になりたいなってミニバスの時からずっと思ってたけど…でも俺には俺のプレイがあるって三井さんが言ってくれたから…だから羨んでばっかじゃなくて、精一杯頑張りますから。またいろいろ教えて下さい」

満面の笑みでガッツポーズをしてみせると、安田は木暮に呼ばれて去っていった。
一人残った三井は赤くなった頬を隠すように俯くとタオルに顔を埋めた。
嫌みの欠片も無い安田の本心からの賛辞だと分かったからこそ、いたたまれなさに三井は顔を上げられない。

あんなバカな真似をして…情けない姿も見せたというのに…

――戻れて本当に良かった

零れた溜め息がやけに湿っぽいように思えて、三井はグッと奥歯を噛みしめた。



校庭側の出入り口からシャラシャラと涼やかな音が聞こえ

「彩子さん!こんな感じで出来ました〜」

と、晴子の声がして全員が振り向いた。
大楠と高宮が引きずるように体育館に持ち込んだのは綺麗に飾り付けられた大きな笹だ。

「ありがとー晴子ちゃん!あんた達もありがとね」

サッと駆け寄り、テキパキと飾り立てられた笹を体育館の出入り口から見える位置へと配置させる彩子に、野間が

「相変わらずアネゴは手際がいいね〜」

と誉めそやす。
折り紙とハサミを持った水戸がポツンと座り込んでいる三井に近づいた。

「ミッチー休憩?」

「何だあれ」

「七夕近いからってアネゴの御命令」

「…はぁ」

「あれ?ミッチー七夕知らないの?」

「んなワケあるかバカ!つかミッチー言うな!!」

「ハハッ」

三井の噛みつきを軽く流して水戸は三井の傍らに腰を下ろした。

「お前と折り紙とかマジ合わねーな」

キシシと三井が笑う。

「そ?結構器用なんだけどね」

手にした真っ赤な折り紙を折り畳み、ハサミを器用に動かすと、三井の目の前であっという間に丸く連なったハートの細工を作り上げてみせた。

「はいプレゼント。俺の愛情付き」

「何だよ意味わかんねーよ」

手の上に置かれた切り紙細工を広げながら三井がぼやいた。

「でもホント器用なんだな」

「そんなに意外?」

「だってイメージじゃねえもん、特にお前の場合」

「意外な一面にドキドキしちゃったりして」

「あーそういうのにコロッとくるかもしんないよな、女って」

ゲラゲラと笑い出した三井に、水戸は苦笑いで肩をすくめた。



わいわいと騒ぎながら短冊を吊し、図らずも部員全員で帰宅することになり三井は木暮と赤木に挟まれるような状態で校門を出た。

「あ…やべえ定期忘れた」

不意に三井は呟いた。一緒に戻ろうか?と心配そうに眉を寄せる木暮に首を振り、三井は後ろ手で手を振ると、のんびりと校舎の方へ歩いていく。
その背中に向かって木暮が「また明日な!」と言うと、赤木は「朝練サボるんじゃねーぞ!」と怒鳴った。



定期を忘れたというのは口実で本当は、もう一度ゆっくり飾り立てられた笹が見たくなっただけだ。体育館横の街灯の下、夜風に葉を揺らして佇む笹がサラサラと乾いた音を奏でる。
部員全員がそれぞれ書いた『全国制覇』…

「『リバウンド王』?…ってこりゃ桜木か…」

余った短冊に思い思いの願い事も書いて吊してある。ひとつひとつをゆっくりと眺めた。

『試合に出れますように』『ディフェンスがんばる!』『天才!!』…『シュートが上手くなりたい(三井先輩みたいに)』という短冊を見つけて、気恥ずかしくなって俯いた。

ポケットの中に折りたたんだ短冊にそっと触れる。

徒党を組んで体育館を襲撃した時も、初戦の三浦台戦でも、翔陽戦でも…普段の練習中でも……宮城があの気の強くて色っぽいマネージャーにゾッコンなのは分かった。むしろまだ付き合っていないと知って驚いたくらいだ。
彩子の為にバスケを続け、彩子の関心を引きたくて無駄な告白に玉砕を繰り返していると聞いて唖然となった。
三井の見る限り…宮城と彩子の間には、揺るぎない繋がりがあると思う。短いセンテンスだけで分かり合えている…確固たる絆が確かに2人の間に存在している。

『ブランクあってもMVP健在っての?サスガじゃん』

三浦台戦で高揚のまま歩み寄った三井に宮城はニヤリと笑ってハイタッチしてきた。
試合中はそれなりに口をきくがそれ以外では、まだまともに顔も合わせていない宮城に、何故こんなにも意識が向くのかわからない。分からないけれど、時折見かける宮城の…屈託ない笑顔はいいな、と思う。

あんな風にいつも笑っていればいいのに――

そう思ったら、考えるより先に手が動いた。そうして書いた短冊を読み返して、無意識にしたためたそれをとっさに折りたたんで隠した。いっそ破り捨ててしまおうとも思ったが、部室で捨てるわけにもいかずポケットに忍ばせたままだ。
そっと短冊を取り出して広げる。小さく詰めた息を吐くと、伸び上がって笹の先端を引き寄せた。
指から離れた笹が撓んだ弾力でゆらゆらと揺れる。

「ナニやってンの?」
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