献芹館

□mistake
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ひどく暑く熱かった『夏』が終わった…初めてコマを進めた全国大会も終わり、赤木と木暮は引退した。

(タンコブ…か)

ぽっかり浮かんだ雲の高さを見上げながら、三井はパックのコーヒー牛乳をズズッと吸った。


「こンの『目の上のタンコブ』!」


面と向かって公衆の前で、新キャプテンの放ったさも忌々し気な一言は、発した当人が思っているよりも三井の胸に突き刺さっていて、何日経ってもシクシクと痛みを訴えている。
引退はしないと宣言したのは予選の決勝前日。その時も宮城だけが実にイヤそうにしていた事まで思い出してしまった。
あの時は先輩風を吹かせて半ば脅しつけるように


「文句あんのか!」


などと凄んで黙らせたけれど。

(ヤに決まってんよな…)

はぁ〜と大きな溜め息まで出てきた。赤木と木暮が居た頃、宮城との仲は今ほど悪くなかったと思う。あんなバカをやらかした三井をあっさりと『無かった』事にしたのは宮城だった。


「いーじゃねっスか…もうさ『仲間』なんだし。オレとアンタで神奈川No.1のガードコンビ目指しましょーや」


あっけらかんと笑いながら宮城は言い、右手を差し出して握手してきた。ガキ臭ぇけどコレで『仲直り』ってしません?と言った宮城もさすがに照れくさかったのか、ほんのり赤くなっていた。

宮城を見ているとドキドキした。生意気だし、下級生の分際でズケズケと皮肉たっぷりに


「もうバテちまってンすかぁ?」


なんてニヤニヤ笑っている所なんか、腹が立ってもう一本差し歯にしてやろうかと言いたくなる(実際、差し歯にしたのは鉄男だったが)
それでも宮城の何気ない一言だったり、時折見せる自分に向けられた屈託の無い笑顔だったりに、ドキドキしてしまうのだ。

(終わってんよなぁ)

相も変わらず『アヤちゃん』『アヤちゃん』と、まとわりついてはぞんざいに扱われ、それでも宮城はメゲることなく彩子にすり寄っている。
短いセンテンスだけで、互いの意志を疎通させたり、たった6文字の言葉で平常心を取り戻させたり…彩子にはどうしたって太刀打ち出来ない。
いっそムカつくくらいイヤな女ですげーブスなら、見る目ねぇなとバカにしてやれるのに。
悲しい哉、実は三井自身も彩子のことは気に入っているのだ…さっぱりした気性やさりげない気遣いが。グレていた頃まとわりついてきていた女達とは明らかに違う健やかさが。

(いっそくっついてくんねぇかな)

そうすれば自分の中の『おかしな』感情もどうにか片が着くに違いない…だいたいソレが『フツー』で『マトモ』なんだから自分は宮城を応援してやる立場の筈なのだ。それが自分を許してくれた宮城への最大の恩返し?になるのだから。頭ではそんな風に思っているのに。

(ソレが出来りゃ苦労しねぇよ)

実際は並んで話しているのを見かけるだけで辛いし、彩子が


「リョータぁ、じゃなくてキャプテン!」


なんて呼びかけるのだって悲しくなってしまうのだ。

赤木と木暮が引退したあの日、いつものように一緒に帰る途中、ふと宮城が足を止めた。
振り向くと宮城は途方にくれたような目で三井を見上げていた。


「どうした?」

「…」

「宮城?」

「なんかさ」

「あ?」

「なんか…自信ねーンすよ…」

「自信?」

「ダンナの後に俺ってさ…今ンなって…すげープレッシャーだよなって…」


宮城の両脇に垂れている手がカタカタと震えている。初めて見る、泣き出しそうな宮城の顔に呆気に取られた。ついさっきまであんなにみんなの前で明るく張り切っていたはずなのに…


「情けねーって自分でも思ってンだけどさ」


一瞬、本当に泣くんじゃないかと思ったが、宮城が俯いてしまったのでよくわからない。
あの時のことを思い出すと不思議で不可解だけど、成る可くして成ったとも思う。
初めて見た宮城の『年下らしい』様子に、頭で何か思う前にそっと抱き寄せた。すんなりと腕の中に収まった自分よりも高い体温。邪険に罵るかと思っていたら、宮城の両腕が背中に回されてホッとした。
そうして宮城よりも自分の方が緊張していたことを思い知り、奥底で見ない振りをしていた想いに気付いた。

どのくらいそうしていたか、わからない。ほんの一瞬な気もするし、永遠のようにも思う。
柔らかく馴染んでいた宮城の体がふいに固く強張り、突き飛ばすような勢いで離れると、あっという間に走り去ってしまった。

確かに残った温もりだけを残して…

思えばあの日から宮城とギクシャクしだした。
避けられる視線。尖った物言い。抜き身の刃のような態度に三井の方が耐えきれなくなった。



バスケはやりたいが、宮城には会いたくない。自分の内にある想いを自覚してから、宮城の一挙手一投足に苦しんでいる。決して自分には向けられない甘やかな呼び掛けや笑顔が羨ましくないと言えば嘘になるが、それよりも近寄れば斬ると言わんばかりの冷たい仕打ちの方が遥かに堪える。
2年も無駄な時間を過ごした自分が大学へ行く為にはどうしたって足りない学力を補うだけの活躍をするしかない、冬の選抜で。

(やっぱ大学諦めて…イヤ諦めたくねぇよ!)

散々周囲にかけられるだけの迷惑をかけて、ようやく取り戻した自分のアイデンティティ…

再び失ってしまったら、きっともう絶対に立ち直れない。
どうせ後半年もしないで卒業するのだ…卒業、したら…

(もう、何も関係なくなるんだよな)

朝、約束してないのに偶然同じ電車に乗り合わせたり、教室移動ですれ違ったり。何よりもう同じコートにすら立てなくなる。宮城の居ない生活を思ったらなんだか泣きたくなってきた。

(あ、落ち込む…)

じんわり涙がこみ上げてきて、三井は慌てて頭を振った。

(どうしたってどうしようもねぇよ。男同士で惚れたもはれたもねーし。だいたいアイツにゃ惚れた女がいるんだし)

一刻も早く報われない不毛な想いを断ち切って、バスケに専念するべきだ。

ヨシ、と拳を握りしめた。

ウジウジしたってどうにもならないことには変わりない。『タンコブ』なら『タンコブ』らしく堂々と居座って、せいぜい後輩達を育ててやろう。それがひいては自分の進学に直結する訳だし。


「やっぱそれっきゃねー!!」


腹の底から声に出したら、なんだか久しぶりにスッキリした三井だった。



*************



昼休憩で気分をスッキリ入れ替えた三井は、2学期から入部してきた1年生に付いていた彩子に声をかけた。


「でも…」

「いーって、いーって。赤木のいも…じゃねぇ、サブマネージャーだけじゃ審判足んねーし。お前あっちでやってこいよ」

「三井先輩が審判でいいじゃないですか」


ついでに仲直りしてくれれば尚いいんですけどね、と小声で付け足される。午前中の口論をまだ引きずっていると思ってやがんな?と三井は思った。


「伝言しといてくれりゃいいじゃん。三井先輩がごめんなさいって言ってたとでも適当に」

「ヤ、ですよ。鳩じゃあるまいし」

「なんでハトだよ?」

「……とにかくお断りです。自分でちゃんと仲直りしてきて下さい」

「バカ。俺だとまた突っかかって来やがるじゃんかよ」

「先輩が『大人』の対応すればいいだけです」

「そー言うなよ…ホラあっちでキャプテンが待ちくたびれてんぜ。早く行ってやれって」


肩を回して押し出すように促すと肩越しに振り返った彩子の瞳がパチパチと瞬いた。


「先輩?」

「『優しく』してやれよ、並みよか『イイ男』だと思うぜ?」


彩子だけに聞こえるような小さな声で三井は囁いた。そんなつもりでもなく赤らんだ彩子の頬に、三井は何故か胸が痛んだ。



*************



部活中はなるべく新人を育てる側に回ろうと決めた。今すぐどうにかなりそうな素質の片鱗を見つけては、積極的に声をかけてやる。昨日出来なかった事が少しずつ形になっていく手応えに嬉々としている様子は、まだバスケを始めた頃を思い出して、知らず知らず頬が緩んだ。

自分だけが上手くなって、優勝してやろうなんて…思い上がって舞い上がっていた中学時代や、高校入学当時の自分の浅はかさと自己中心的な視野の狭さに今更ながら頭を抱えたくなる。

(ま、もうあの頃の俺とは別人だしな)

うんうんと1人納得しながら、コート隅でドリブル練習に付きながら、何気なく試合形式の練習をしているコートに目をやった。

(げっ)

偶々なんだか、宮城とバッチリ目が合ってしまった。眠そうに細めた目が酷く冷淡な光を帯びて、寄せられた眉が不快感も露わで…
思わず目をそらしてしまう。
不自然すぎたかと、そっとコートを伺ったら宮城はもう三井には目もくれず、ディフェンスに弱腰の石井に激を飛ばしていた。
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