博物館

□拍手文 6
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幼稚園からのお便りノートに書かれた文章を見て、思わず溜め息が出た。

『ちゅーりっぷ組のたかしくんとブロックの取り合いでケンカになりました』

相手の名前とおもちゃの名前が変わるだけで、ほとんど毎日同じような文章が書かれてくる。
自分の傍らでお気に入りのクマのぬいぐるみにおやつを食べさせる真似をしている息子を見て、再び溜め息が洩れた。


「ちゃーちゃん」

「なに?ママ」

「たかしくんと、ケンカしたの?」

「してない」

「ようこ先生のお手紙に書いてあるわよ?なんで仲良く遊べないのかしらねぇ…」

「ぼくわるくないもん!たかしがぼくのブロックとったんだもん!」


早くも目に涙が盛り上がっているのを見るとそれ以上何も言えなくなってしまう。夫には『甘やかしすぎだ』と言われるが、漸く授かった唯一の息子なのだ…
初めての子育ては分からないことばかりだ。ましてや『男の子』の気持ちは本当に分からない。ただ、とても『執着心』の強い子だとは思う。コレは自分の物だと思ったら絶対に譲らないし触らせない。飽きっぽいのか興味の対象がコロコロ変わるのも事実だが、コレと決めた物への執着心はびっくりするくらいだ。


「……どうしたらいいのかしらねぇ」


三度目の溜め息をつきながら、すっかり機嫌良くクマのぬいぐるみの手を引きながらブロックで遊び出した息子の小さな背中をぼんやりと眺めていた。



**************



「バスケやりたい!」


ただいまよりも先にそんな風に抱きついてきたのを思い出した
学校からの少年団のプリントの中で息子が一番興味を示したのは意外にもバスケットボールだった。
てっきり仲良しの悠斗くんとサッカーに入ると思っていたのだから、正直ピンとこなかった。


「サッカーじゃないの?」

「だってバスケのがカッコいいよ!!」

「そぉ?」

「何にもわかってないな〜ママは…すっごいカッコいいんだって!」

「あらそう」

「ぼくもあんなふうにシュートするんだ〜ねぇねぇいいでしょ?バスケやっても」


キラキラと目を輝かせて抱きついてくる息子の顔を見下ろしながら


「今日、パパ帰ってくるからパパに聞いてからね?」

「やったーっ!!」


飛び跳ねて喜ぶ息子を見ながら2ヶ月ぶりに帰ってくる夫のタイミングの良さに思わず笑ってしまった。





飽きっぽい息子はどうやらすっかりバスケットにハマってしまったらしく、多少の体調不良なら熱さえ無ければ練習に行く。帰ってからも自宅用のボールを四六時中触って、あんなにお気に入りだったクマのぬいぐるみはベッドの隅っこで所在なさげだ。
初めての公式戦はどうにか間に合った夫と2人で応援出来た。


「もしかして素質あるんじゃないのか?アイツ」

「ヤダ、パパったら」


シュートを決めて、得意げに手を振る息子の笑顔がとても眩しく映った……



あれから脇目も振らずバスケバスケの息子にとって、今日が中学校での最後の公式戦だ。忙しい夫は残念だけど間に合わず、せめて後から荷物と一緒に送るつもりでビデオを回した。
なんだかんだとすっかり自分もバスケの面白さにのめり込み、そんな自分でも分かってしまう戦況の苦しさに胸が痛くなる。


「絶対、勝ぁつ!!」


息子の声が聞こえたような、気がした。



**************



玄関で靴紐を結び直す背中を見ながら涙が出そうになる。
『あの日』も今日のように見送った…そしてかかってきた電話…終わりの見えない苦渋の日々の先に今日があったなんて、夢にも思わなかった。


「んじゃー行ってくっから」


わざと視線を外して何でもないように言うから


「頑張ってね」


いつの間にか見上げる身長になってしまった息子をしっかりと見つめ、微笑んだ。


「決勝戦には親父も間に合うんだろ?」

「そうよ、絶対何が何でも間に合わせるって張り切ってるんだから!」


小さくガッツポーズをしてみせると、苦笑された。


「広島なんて修学旅行以来だからすっごく楽しみだわ」

「旅行じゃねーし」

「分かってるわよ。ちゃんと寿の応援して、それからパパとデートするわ」

「……ま、いいけど」

「だからいっぱいシュート決めて、みんなの足引っ張らないようにちゃんと先生や赤木君の言うこと聞いて」

「あ〜〜ハイハイ」


ついつい重なる小言に肩をすくめてドアに手をかけて


「行ってきます」


肩越しに振り返った笑顔は、幼い頃と変わらない、多分『親バカ』だと揶揄されてしまうだろうが、とても澄んだ笑顔だった。









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