駄文
□キミと眠る場所
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左の手首に、クッキリと指の跡がついている。戒めのようなソレは宮城につけられた。
普段なるべく三井の体に跡を残さないように気遣う宮城なだけに怒りの深淵を覗いたようで身震いする。
腕を掴まれ、有無を言わさず宮城の家へ連れ込まれた。
どれだけ吼えたてても、一切口を開かない宮城は問答無用とばかりに三井を自宅の風呂場へ放り込んだ。
シャワーの合間に洗濯機の作動音が聞こえる所をみると、どうやら自分の服も洗われているのだろう…
(言えるか…バカ)
下唇をギュッと噛み、三井は苛立ちのままシャワーのコックをひねった。
大人しく待ってないとどうなるかわかってンよね?
入れ違いにシャワーを浴びようと待ち構えていた宮城の目は、絶対忘れることの出来ない光を湛えていた。もうずいぶんあんな目で見られたことがない。まだ冬の気配が濃厚だった屋上以来だ…
何がそこまで宮城を追い込んでいるのか、三井にはわからない。憤りを感じて頑なに避けていたのは、自分だが…コッチにだって言い分がある。
(…言えねーけど)
あの様子では、聞き出すまで手酷い目に遭うだろう。
それでも『たかが』『そんなこと』でと嘲られる方がよっぽど怖い。
もしも呆れ、疎ましがられたら…
「ちゃんと待ってられたンだ」
降りた前髪から滴り落ちる水滴を、無造作に拭いながら宮城が部屋へ入ってきた。
とっさに逃げ道を探すように三井の視線がさまよい、伏せられる。たったひとつの逃げ道は宮城がふさいでいる。
「何が気に入らないワケ?」
「…」
「…ダンマリ?」
「…」
「俺と口きくのもヤなんだ?」
「ちがっ!」
あっという間に追い詰められる。
「誰か気になるヤツでも出来た?…今日の、相手とか?」
中学からずーっとアンタを気にしてたようだしね?想われてほだされた?
低く嗤いながら宮城が問う。
「覚えてなかったヤツのことなんか、気になるかよ!!」
へぇ…シラケた口調でそう言うと、三井の左手首の痣に指を這わせた。
「何が気に入らねーの?」
「…」
「黙ってないで、何とか言えよ!!」
声を荒げ、怒りのままに拳を振り上げ…寸前で止めた。
「……みや、ぎ?」
殴られると身構えていたのに、三井の体に落ちてきたのは宮城の拳ではなく、小さな水滴。
「………」
顔を背け、宮城はするりと三井の上から降りると
「帰りたかったンだよね、無理やり連れてきてスンマセン」
そう言って背中を向けて、俯いたまま部屋のドアを開けた。
「宮城?」
「無理やり連れてきといてアレだけど…帰ってくんない?」
ボソボソと宮城が言った。
「なんで?」
「なんでって…」
三井の言葉の意味が理解出来ない。
「なんで帰んなきゃなんねーんだよ?」
本当に心底わからないと言う口調だったので…思わず宮城は顔を上げて三井をマジマジと見つめてしまう。
「アンタ…バカ?」
「ふざけんな!誰がバカだ!」
「ヤ…だって俺、今アンタ殴るトコだったンすよ?」
「ンなのわかってるから身構えてたじゃん」
どこか得意げに胸を張る
「そーじゃなくって!!」
「じゃ何だよ?」
会話がかみ合わなくて、呆然とする宮城を不審そうに見ながら三井はベッドの上から降り、宮城の真正面に座り込んだ。
「お前何考えてんのか全然わかんねー」
「俺のセリフだよ…ソレ」
「なんで翔陽の6番とか出てくんだよ?」
「……」
「あんなヤツ、マジで記憶ねーし」
「……だってアンタ全然口きかねーから」
拗ねた口調だな…と自分でも思ったが口をついて出てくる台詞は間違いなく宮城の本音だ。
「ずーっとシカトしてるしさ………全然目ェ合わねーし………離れて座るし…」
だんだんトーンダウンしていく宮城の声が聞きにくくて
「って!ちょっとアンタ近過ぎっイッテェ!!」
鼻先が触れそうな距離まで身を寄せた三井に、ギョッとしてのけぞった宮城の後頭部は思いきりドアにぶつかって、場の空気にそぐわないハデな音が響いた。
「〜〜〜〜」
後頭部を抱えて悶絶する宮城に
「わ、わり…大丈夫か!?」
慌てふためいた三井がおたおたと宮城の後頭部に手をのばした。だが、がっちり後頭部を抱えたまま宮城は身を捩ることで三井の手を振り払う。痛みに涙を滲ませながらも、宮城のキツい眼差しが三井を射抜く。三井は思い出したくもない過去を彷彿とさせる宮城の剣呑な視線に、ふるりと身を震わせた。
「えと…」
引っ込めることも出来ないで、中途半端で所在なさげな三井の手は宙に浮いたままだ。
「い、“痛いの痛いの飛んでけ”…とか?」
情けなく眉をひそめながら、三井はひどく真面目にそんなことを言い出した。
下からねめつけるような宮城の視線が、嘲っているようで正直かなりダメージを喰らっている自分に驚く。
甘やかされ、許されるだけの日常は、きっと自分に都合のいい幻だったに違いない。そんな風に思う自分に驚くと同時に胸の奥がひりつくように痛くなる。
「…」
「…」
「…」
「…」
凍りつくような重い沈黙も、もうずいぶん経験していない。
乱れた前髪の隙間から突き刺すような宮城の目が伏せられ、大きな溜め息がこぼれた。
「…“痛いの飛んでけ”なんてさぁ…イマドキ小学生だって言わねーよ。アンタいくつだよ」
「ンだよ…効くかもしんねーじゃん」
浮いたままの手をそっと掴まれた。ビクッと震える三井をそのまま抱き寄せる。
「オマジナイより効くヤツ、ちょーだい?」
宮城の囁きに促され、三井はらしくないな、と自覚しながらそっと宮城の額に唇を寄せた。
「珍しーね?」
「しろってテメーが言ったんだろ」
視線は合わせないまま、らしい会話が戻ってきたことに、三井は密かに安堵しながら再び宮城の額に口付けた。
「俺ね、」
緩く背中をドアにもたれさせ、三井の唇を額に感じながら唐突に宮城が話し出す。
「アンタが何にも言わねーでも全部さ、わかってやりてーんだよね。でさ、アンタの夢全部叶えてやりたい……笑うなよ、マジなんだから」
額に添えられたまま小刻みに震える唇に軽い文句を言い
「でもさ…まだソコまで極めてねーから…だから、ちゃんと言って?黙ってないで思ってるコト、俺に言ってよ。それともやっぱ俺じゃ頼りになんない?」
三井の唇が、ゆっくりと宮城の鼻筋をたどり、啄むだけの口付けをした後、コツンと額と額を合わせて三井と宮城の視線が絡み合った。
「なんなくねーよ」
「…そ?」
「別に…避けてるつもりじゃなかったし」
「でも逃げてたじゃん」
「アレは……」
出来れば今でも言いたくない。
でも思いがけない宮城の本音を聞かされて、仕方がないと三井は腹を括った。