駄文

□ボクとキミの夏 4
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『宮城っ!?誰かっ!宮城が、宮城がっ!!』


取り乱した三井の叫び声に、皆が振り向き、その尋常ならない切羽詰まった声に走り出した先で見たものは…

何となく帰るに帰れず、角田と潮崎は公園のベンチに並んで腰掛けながら、ずっと黙り込んでいた。


「…大丈夫かな?」

「…どっちが?」

「どっちもだよ」


潮崎の答えに、あ〜とどちらともつかない声を上げ、角田は後ろ手を着いて空を見上げた。


「…木暮先輩、怒ってたな」

「うん…」

「…」

「俺らも謝る?」

「なんで?」

「何となく…あの場に居たっちゃ居たし…さっさと戻ったけど。俺らも宮城が具合悪いなんて全然気付かなかったし。三井先輩ばっかじゃないよなって思ったからさ」

「今更?」

「今更だけどさ…」


三井の涙を見たのは2回目だ。
でも、あの時の涙よりも今日の方が堪える、と角田も潮崎も思っている。声も無く、ただ白い頬に流れる涙なんて…
木暮に胸倉を掴まれて揺さぶられ、赤木が間に入り解散になっても三井の涙は止まってなかった。彩子に背中を支えられ、立ち去った三井は確かに自分達よりも大きいはずなのに、幼い子供が母親に手を引かれているようにすら見えた。


「大丈夫かな…三井先輩」


角田の言葉に、潮崎はなんとも答えられずに、溜め息をついた。





泣き止めないのではないのだ、と彩子は隣の長身の男を見やった。
多分、泣いていることすら気づいていない…この人は。
赤木に耳打ちされ、タクシーで三井を送り届けた。
玄関で出迎えた三井の母は、泣いている息子に驚いていたが、それでも彩子に優しい笑顔を向けて


「わざわざ送って下さってありがとうね」


と、言った。待たせていたタクシーに戻り、行き先を告げた後、彩子は目を閉じて深く座席に身を委ねた。

三井に面差しの良く似た三井の母親の笑顔…バスケがしたいと泣きじゃくった彼…いつも太陽みたいな笑顔を向ける同い年の……

いくつもの顔が過ぎる。
自分までもが不安定になっていることに彩子はふと目を開けた。眠っていると思っていたのかミラー越しの運転手と目があった。曖昧な笑みで彩子はこの辺で、とタクシーを降りた。
自宅まではあと少し歩かねばならない。夜になっても、暑さが残る夜の中で、彩子はぼんやりと立ちすくんだ。
支えが欲しいと思う。あんな涙を見たから。両手に包んだ小鳥の心音にも似た震える背中の脈動が、自分まで乗り移ったみたいだ。
確かな強さで支えて欲しいと、強烈に思う。
彩子はそっと左耳に触れた。





「マネージャーなど必要ない」


はっきりと言い切られた。取りなす木暮に一瞥をくれた後、


「野球部だのサッカー部だの、マネージャーを必要としている部はいくらでもある」


取り付く島もないとはこのことか、と彩子は憮然とした態度を隠さず赤木を見上げた。


「他の部は関係ありません」


真っ向から挑むような彩子の視線に、一瞬赤木がたじろいだ。


「中学では女バスでした。湘北には女バスが無いですけど、バスケに関わっていたいんです、どうしても」

「なら同好会でも作ったらどうだ」

「理由がわかりません」

「バスケが好きならそういう選択もある」

「意味がわかりません」


譲る気はないと言外に言い放つ彩子に赤木の目が一瞬面白そうな色を浮かべた。


「とりあえず仮でもいいじゃないか…バスケが好きだって本心みたいだし。俺だってマネージャー業兼任から解放されたら助かるし。な?赤木」

「浮ついた気持ちでかき回されたら迷惑だ」

「赤木!」


さすがに言い過ぎだろうと自分でも思ったが、思わず口をついて出た言葉は赤木の本心だった。練習が厳しいと言って辞め、仲間が辞めたと言って辞め…自分が目指す夢を否定された出来事のもたらした痛みは、木暮さえも知らないことだが赤木の心に深い疵になっていた。


「だったら」


彩子は固い口調で言った。


「だったら試して下さい」



長い髪をきつく縛り、体育館の片隅で入念にストレッチを繰り返した後、彩子はコートに入った。
赤木の提示したのは、木暮との1on1だった。自分とではあまりに体格差があることと、過去に自分とのマッチアップで怪我を負い、図らずもコートを去らせることになってしまった、とある苦い思い出がよぎったからだが、彩子は赤木が相手をしないのは見下されているからだと思った。


全く相手にならないかと思いきや、彩子は粘り強く木暮の動きに喰らいついている。身長も体格も筋力も、木暮と比べられるはずもないが、なかなかどうして容易い展開に運ばせない。
結局、彩子は一本のシュートも打たせてもらえないまま、タイムアップになった。
引退して半年あまり。やはり現役には太刀打ち出来ない。
悔しいけれど、現実は残酷で彩子は荒い息を整えながら、これからの3年間を自分はどう過ごしていくのだろう、と胸が痛くなった。


「じゃあ、これ書いてね」


俯いた彩子の目の前に、白い紙が差し出された。


「え!?」

「正式には来週の部活紹介が終わってからなんだけど…まあいいさ。君も待ちきれないだろうし、僕も早く引き継ぎしたいし。明日の午後練から来るつもりなら、明日の午前中までにコレ出さないとね」


差し出された入部届を受け取りながら、目の前の木暮を見ると眼鏡の奥の瞳が柔らかく細められた。


「明日から宜しく、マネージャー」


呆然と、木暮の後ろにいる赤木を見つめると、赤木はそっぽを向いたまま咳払いをしていた。


ストイックにバスケに打ち込む背中をずっと見ていた。


最後の夏だから、夢を叶えたい。今、最高の仲間を手に入れた彼と一緒に…
『全国制覇』を成し遂げる為に何をするべきか。彩子は珍しく星の良く見える夜空を見上げて、唇を噛み締めた。







薄い膜の向こうに佇んでいるような遠さを感じていたのは、宮城だけではなかった。
らしくない曖昧な笑顔を貼り付けたまま、黙々と練習をこなしていく三井を誰もが遠巻きに見ている。変わらないのは気づいていない桜木くらいだ。


「宮城」


トイレから戻ってきた宮城に、角田と潮崎が真面目な顔で話しかけてきた。


「あのさ」

「ちょっと、話あるんだけど」


宮城は片眉を引き上げ、首を傾げた。






「まだ痛みます?」


彩子の言葉に三井がふと目を開けた。
そもそも本当に膝が痛かった訳ではなかったので、三井は小さな声で


「サンキュ」


と呟いた。あてがっていた氷嚢を外し、冷えた膝に彩子は優しく手を置いた。


「全員、ですよ」

「え?」

「『俺達』って、バスケ部全員って意味ですよ」

「…」

「部員だけじゃないですね。安西先生もそうだし、応援してくれてる晴子ちゃん達、みんなも含めて『俺達』ですから」

「彩子?」

「当然、三井先輩だって『最後の夏』なんですから…いつまでもヘバってられちゃ困りますよ」


不思議そうに彩子を見つめる三井に、彩子はにっこりと笑った。それから優しく三井の膝を二度叩いた。


「気合い入れて頑張ってもらわないと!それとも眠気覚ましにハリセン一発、入れてあげましょうか?」


どこから取り出したのか彩子の手には得意のハリセンが握られている。ハリセンと彩子を交互に見やった三井は、クスリと小さな笑みをこぼした。


「お前、イイ女だなぁ」

「今更ソレ言います?」

「ヤ、マジで…なぁ?こんなんやっぱり俺らしくねぇかな?」

「そーですね。後ろ向きなのは髪と一緒に捨ててきたんだと思ってましたからね」

「キツいこと言うな、お前」

「甘やかして欲しかったら他を当たって下さいよ」

「他?」


訝しげな三井にニヤリと笑うと手にしたハリセンで後方を指した。


角田と潮崎と安田、そして唐突に振り向いた宮城と目があった。









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