駄文

□ボクとキミの夏 5
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背中を撫でるように三井の手が動き、するりと宮城のポロシャツの裾を掴むといきなり引き伸ばして


「ちょっと!!!」


宮城の悲鳴と盛大に鼻をかむ音が重なった。


「あ〜スッキリした!」

「し、信じらんねー!なにすんだよっ!!」


宮城のポロシャツで涙を拭い、鼻までしっかりかんで三井はニヤリと笑ってみせた。


「うわ、汚ねーお前のシャツ」

「フザケんなっ」

「わ〜宮城クン、シャツが汚れてるわ〜」

「アンタがやったんだろっ!!」


苛立ちまぎれに宮城はポロシャツを脱ぎ捨てた。


「ヤダ、露出狂〜」

「気色悪ぃ裏声ヤメろよ!!」

「つーか裸で帰るんか」

「誰のせいだよ!誰のっ!!」

「え〜お前?」


キヒヒと心底嬉しそうに笑って三井は自分のバッグに手を突っ込み


「ほーら着替え」


と、真新しいTシャツを宮城の胸元に押し付けた。


「え?」

「あ〜一応、お前のサイズだかんな、ソレ」


手渡されたTシャツと三井を交互に視線を走らせながら、え?何?どういうこと?と困惑したように何度も呟いた。そんな宮城の呆然とした顔を三井はひどく嬉しそうに見つめている。


「さっさと着ろよ、露出狂」

「い、いいの?コレ」

「俺入んねーもん」

「なんかムカつくけど…んじゃ遠慮なく」


明るいボーダーのTシャツは宮城の陽に焼けた肌に良く映えた。
宮城は頬杖をついた三井を見下ろし


「アンタってホント、ワケわかんねーのな」


と、ニヤリと笑ってみせた。


「お前、忘れんなよ?誓ってみせたんだからよ」

「ソレん為に一芝居かよ…全くみんなして騙されてんじゃねーの?」


両手を広げて宮城は大げさに肩をすくめてみせた。

宮城は自分の言動を派手な芝居だと思っているようで、三井は内心助かったと安堵していた。昨日の朝、腫れた目をした鏡に写る自分の顔を見て三井は記憶にない前日の自分の行動に動揺し、母親から泣きながら彩子に付き添われて帰宅したことを知った。宮城が倒れ木暮に詰め寄られてからの記憶の曖昧さに愕然として、一日中考え抜いた末の今日の振る舞いはどうやら三井の想定した筋書き通りに運べたようだった。

倒れ臥した宮城を見つけたあの時、三井は自分の中にいつの間にか巣くっていたモノを垣間見てしまった。
執着していたモノを失うことの恐ろしさをあれほど怖れていたのに、また同じことを繰り返す。いや初めから手に入れることの叶わないモノに執着している方が怖かった。だからこれ以上深みを覗く前に封印しようと決めた。心に蓋をして鍵をかけ、その鍵を遠くへ捨てよう…宮城の傍に居られることと自分を偽ること。天秤にかけるまでもなく決められる、簡単なこと。


「あ〜あ、帰るかー」


大きく伸びをして勢い良く三井は立ち上がった。


「三井サン」


正面に立つ宮城が真っ直ぐに三井を見つめる。


「なんだよ?」

「……イヤ、やっぱ何でもないッス。服ありがと」

「おー。んじゃ帰ろーぜ」


バッグを手に三井が歩き出す。3歩ほど先に居た三井の背中へ


「三井サン」


再び宮城は声をかけた。


「何だよ?」


肩越しに振り向いた三井の目を見据えて宮城はゆったりと口を開いた。


「俺はアンタのいない所でもう二度と倒れるような真似はしない…それから」

「あ?」

「アンタの前でだけ、俺は本当の俺でいる。アンタの目の前にいる俺が、正真正銘の《宮城リョータ》だ」

「何言ってんだよ?」

「誓えって言ったじゃん。だから宣言。誓うよ、マジでね」

「なんじゃソリャ…俺ぁ別に」

「わかんねーでもいいよ。ただ言っときたかっただけだから」


清々しい笑顔で三井を見つめ、つと距離を縮めた。いつものように三井の傍らに立ち、


「帰りましょーや」


促した。いつの間にか暮れた夕陽が並ぶ2人の長い影を作っている。たわいもない会話を重ねながら、歩く。何も変わらないように。でも確実に変化を伴って。行く先の果てに何かあるのかもしれないし、何もないかもしれない。いつまでも、ではないかもしれないけれど、少なくとも今は確かに共にいる。


出来ることなら、このまま共に居れればいい…ずっと、ずっと


たわいもない会話を交わしながら胸の中で同じ言葉を呟いていた、ボクとキミの夏。








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