献芹館

□雨降りの朝
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【宮城編】



目が覚めて目の前に三井が寝ているのを見た時、はっきり言って驚いた。
いつもだったら、自分が寝ている間に朝早く一人で起きて日課のランニングに行ってしまうからだ。
何度か無理やり叩き起こされて強引に付き合わされたが、寝起きの悪い自分を起こすのが面倒になったらしく、最近ではさっさと日課を済ませては、ちゃっかり汗を流して涼しい顔で、自分よりも先に食卓についている有り様だ。
ひょっとして具合でも悪いのかと、そっと白い頬に触れてみる。しかし指先に感じるのは規則正しい吐息と慣れ親しんだ体温だけ。
どうやら体調は問題ないようでホッとしつつ、何故こうして眠っているのか分からない。
俺様で我が儘で考えなしでぶっ飛んだ思考の持ち主のクセに、ことバスケに関しては驚くほど敬虔な姿勢を崩さない。
日課を怠る理由が思いつかなくて、宮城の眉がひそめられた。
一抹の不安に駆られて、宮城は三井の顔をもっとよく見ようと覗き込んだ。

肌理の細かい白い肌、綺麗に整った鼻筋に形の良い愁眉、長い睫毛、まるでこちらを惑わすような薄く紅を刷いたような唇。そして今は閉じられている琥珀色の瞳。
そのどれもが、宮城を誘惑しているとしか思えない。
そんな魅惑的な顔に、宮城は三井の体調を窺うという目的も忘れて、大事な恋人の寝姿に心底見惚れた。


「っと、信じらんねえくらい綺麗な顔してンもんなぁ…」


出会いは最悪で、殺してやりたいと憎んだのも事実だが、木暮の明かした過去と安西を前に流した涙に憎しみよりも戸惑いと憐憫が芽生えた。
だが何よりも宮城の心を掴んだのは、宮城の放った一言に見せた三井の驚くほど澄んだ眼差しだった。
会えば嫌悪しか抱かなかった三井を、あの時初めて『見た』。血を流し、腫れた顔の中でその瞳の目映さに目が離せなくなった。

それが全ての始まりだったような気がする。

とはいえ、その時はまだ彩子に恋していると思っていたのだけれど…

三井を知れば知る程、加速していく気持ちに歯止めが効かず、結局散々迷って悩んで、そうして玉砕覚悟で自分の気持ちを伝えた。

まさか奇跡が起きるとは…

手に入れた幸せにだらしなく表情を緩ませて、宮城はそっと指先で三井の頬を撫でた。滑らかな肌が心地良くて、指先だけでは物足りなくなる。

あの美しいシュートを放つ手と初めて繋いだ時、緊張のあまり冷たくなった指先の繊細な震えが愛おしかった。

初めての口付けで触れた唇の柔らかさに無我夢中になって、何度も何度もしつこいくらいに味わってしまい、三井の瞳から零れた涙で我にかえった。

おかげでしばらくは、まともに口も聞いてもらえない始末で散々な目にあわされた。
見た目とは裏腹に、そういう事には恐ろしい程初心な三井だけに、更にその先を強引に誘うことも出来ずに、正しい青少年の悩みに翻弄される日々を重ねた。

やがて時間が経つうちに、自然とキスも出来るようになった頃、初めて三井と肌を重ねた。

潤んだ瞳と堪えきれずに漏れる甘い声、しっとりと汗ばんだ素肌の生み出す極上の肌触りと…うっかり思い出して、素直に反応する自身に苦笑しか出てこない。
愛しいと思う気持ちと欲求の赴くままに宮城は三井の頬に唇を寄せようと顔を近づけていく。と、後少しという所で、不意に三井が小さく呻くような声を上げた。
反射的に動きを止めると、三井はもぞもぞと身じろぎ、それから身体を丸めながら宮城の方へとすり寄ってくる。
まるで猫が温もりを求めて甘えるような仕草に、笑みがこぼれた。

無意識下で温もりと安心を与える存在になれたと、そう自惚れてもいいのだろうか?

ピクリとも動けない宮城に寄り添って口元を綻ばせると、三井は再び規則正しい寝息を立て始めた。
邪な欲望も霧散させるあどけない寝顔。誰も知らない、三井の寝顔を食い入るように見つめていることに気付いた。


「ったく」


どれだけ見つめても見飽きるなんて思えない。整った顔立ちは確かに好みのど真ん中だが、それよりも分かり易いようで複雑な、三井の内面が宮城を捕らえて離さない。

このまま目覚める瞬間までも見つめていたい…が、寄り添う温もりが眠気を誘う。
宮城は目の前で眠る三井の身体にそっと腕を回した。
パジャマ越しに伝わる三井の温もりと甘く香る体臭。
くすぐったいような幸せな気持ちに、宮城は嬉しさを噛みしめながら目を閉じる。
不意に雨音が聞こえてきた。
再び眠りに落ちる寸前に、ひょっとしたら三井も自分と同じだったのかもしれないな、とそんな考えがちらりとよぎった。

それなら、それで嬉しい。

三井も今の自分のように、幸せでいてくれたら、いい。

目が覚めたら聞いてみようかな?
そんな想いも抱き締めて、いつしか宮城は、スヤスヤと寝息を立てていた。











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