献芹館

□七夕
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ギョッとして振り向くと、スポーツバックを斜めにぶら下げた宮城が目を細めて睨んでいた。

「お、お前こそ」

「定期忘れたンじゃねーの?」

「うるせえな!何でもねえよ!」

動揺を隠して怒鳴る。寄りにもよって何故このタイミングで現れるんだと怒鳴りつけてやりたくなるのを、三井は唇を噛んでこらえた。
出来ることなら今すぐ結わえたばかりの短冊を引き剥がしたい…もちろん宮城の前で出来るはずもないのだが…

「俺ぁ帰るトコなんだよ!じゃあなっ」

「ふーん」

ドサッとバックを下ろすと大した助走も無しに宮城が飛んだ。指先でたった今、三井が結わえたばかりの短冊を捕らえる。

「あっ!!」

手を伸ばした三井の脇をすり抜けて、宮城の手にあの短冊がある…

「バカ!何しやがるっ」

取り返そうと慌てふためく三井をよそに、宮城は見せつけるように短冊を読み上げた。

「『宮城の恋が実りますように』」

そよいでいた夜風すら、止まる。沈黙に目眩がして、足元が揺らぐ。

「……コレ、どーゆー意味?」

すぐそばで宮城の声が、した。

「何でアンタがこんなこと、書いちゃったりしてるワケ?」

きっかけがあれば…きっと宮城の想いは彩子に届くだろうと思った。それ以外、思いつかなかった。
一番に許しを請わなければならない相手の為になる何か。紙切れ一枚で全てが無かったものにならなくても…宮城の為になるのだったら…宮城の笑顔が見れるなら……

「別に…意味なんかねえよ。フラレ野郎が哀れでミジメだからよ。そんなんでも何かの足しになんだろ」

内面を荒れ狂う不可思議な感情を飲み込んで、高飛車に言い放った。居丈高な態度の三井を冷めた目で見上げながら

「そりゃご親切にどーも」

と、宮城が言った。話は終わったとばかりに脇をすり抜けようとする三井の腕を宮城が掴む。その手のひらのあまりの熱さに三井はヒュッと息を飲む。

「何だよっ」

「でもさあ…」

掴まれた肘がミシリと痛む。

「必要ねえと思うんだけど」

ぎこちなく見つめてくる三井に向かって、ニヤリと笑ってみせる。

「記念にもらうね?」

器用に短冊を折りたたむとポロシャツのポケットへとしまい込んだ。

なんだ…と三井は思った。
宮城の想いは彩子に、とっくに伝わっていたのだ。こんな紙切れに縋らなくても、良かったのだ。
愚かで滑稽な三井の『願い事』―

「……せ」

「は?」

「っ返せよ!必要ねえだろ!!」

宮城の手を振り払い、胸ぐらに手を伸ばした。

「返せ!!」

「何すんだよっ」

「うるせえっとっとと返せ!」

「何で返さなきゃなんねーんだよっ」

もみ合う中で乾いた音が響き、三井の手の甲に痛みが走った。頬に手を当てた宮城が目を見開いて三井を凝視する。
視線に堪えきれず、ガクリと膝をついた三井が呻くように

「……悪かった、余計な真似して」

と呟いた。

「えっ?」

「…バカに…したかったんじゃねえんだ。ただ」

「ただ…何?」

宮城の声がひどく優しく聞こえて三井の答えを後押しする。

「ただ…笑ってくれてたら、って」

宮城の笑顔が見ていたい…あの日、宮城が放った三井への一言からずっと胸の中で渦巻いている。
年下のくせに…チビのくせに…なのに何で、コイツは俺の一番触れたくなかった現実を見抜いたのだろう?
過去に捕らわれて足掻いていた、誰にも明かせなかった…真実―

「そんなの…簡単なのに」

宮城の手がそっと三井の手を取った。
思わず顔を上げた三井の眼前に緩やかに口角を上げた宮城がいた。

「アンタが頷いてくれるだけで」

俺はいつでも笑っていられるんだから…

「え?」

「いーよね?アンタ、俺の恋心実らせてやりてーんでしょ?」

「そう、だけど…」

宮城の真意が掴めず、曖昧なまま頷くと宮城の手が伸びて三井の両頬を挟み込んだ。
触れられた頬が燃えるように熱くて苦しくなる。呼吸の仕方が分からなくなるほどに胸が痛くなって三井は目を閉じた。

「!?」

今、唇に…触れたのは……?

見開いた視界いっぱいに甘いと形容したくなる笑顔の宮城がいる。
呆けたような表情の三井の鼻先に、宮城の唇が寄せられた。

「コレでもう、わかった?」

「……え?、えっ!?」

「願い事、叶ったろ?」

初めて間近で見る、宮城の心底嬉しそうな笑顔に告げる言葉もなく見惚れてしまう三井がそこにいた。

一年に一度きりの逢瀬を享受する星物語の下で、自分自身でさえも気付かなかった三井の本心を、迷うことなく見つけ出した宮城に向かって、三井は潤んだ瞳のまま微笑んでみせた。











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