献芹館
□Re:start
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「アンタ、顔だけは無駄にいーンだね」
唐突にかけられた言葉に振り向いた。着替えを済ませた宮城が腕を組み、片眉を引き上げてニヤニヤと三井を見ている。言外に込められた嘲りを嗅ぎ取って三井は眉をしかめた。
「髪切って正解じゃね?」
「…意味わかんねーし」
ブッ潰すと乗り込んだバスケ部に出戻って3日、宮城と口を利いたのは初めてだ。
アレだけのことをしたんだし…
まともに話をしているのは赤木に木暮、それと遠慮を知らない桜木くらいだ。できるだけ遠巻きに、腫れ物に触るような周囲の扱いにも、なんとか慣れてきた。
「いちお、ホメてンだけど?」
その言い方のドコがだよ!と言い返したかったが、三井は
「そりゃどーも」
とだけ、返して背中を向けた。
「ねーねー今日オレと組まねッスか?アップとか」
「は?」
片腕を通しただけのTシャツのまま振り向くと、思いの外すぐ真後ろに宮城が立っている。
「なんで?」
「なんでって…」
フイッと宮城が目を逸らす。
「理由いンの?」
「だって…」
お前、俺のこと嫌いだろ?とはさすがに言えなかった。
「ヤならいーよ、ヤならさ」
軽く唇を尖らせて、まるで拗ねているようにも見えた。なんとなく居心地が悪い。だいたいこの時間になぜ部室に宮城と2人きりなのだろう?普段ならもっと人がいる筈なのに…
「別に…いいけど」
「マジ!?」
勢い良く仰ぎ見てきた宮城の顔がやけに嬉しそうに見えて三井はびっくりした。そんなに喜ぶようなことなのだろうか?
「ンじゃ、オレ先行ってますね。アンタも早く着替えてくっさいよ?」
「あ、うん」
宮城がドアに向いた途端、ガヤガヤと部員達が入ってきた。
意外と言ったらどうかと思うが宮城と組むのは楽しかった。
いつもの木暮とやる時よりも、ずっと楽しかった。敬語とタメ口の微妙なラインに成り立つ宮城の口の利き方も慣れれば案外気にならないし、宮城と上手くやれていることで、他の部員達の態度も軟化したような気がする。
同じ練習をしていても、自分の方が息が上がってしまうのは癪だが仕方ない。好きでブランクがあったと言われれば反論も出来ない。
「やっぱ上手いッスね」
ドリンクを手渡しながら宮城は隣に座る。自分の方は滝のように汗が滴り落ちているのに、隣の宮城はそこまで汗をかいてもいない。
些細なことだが体力の差を見せつけられているように感じるのはひがみだろうか?
「MVPはダテじゃねーって感じ」
誉められてるのかイヤミなのか判らなくて三井は黙ってドリンクに口をつける。
本当はMVPなどと口にして欲しくない…肩書きばかり注目されて名前すら呼んでもらえなかった試合を思い出すから…
「体力ねーけどね」
さすがに今のは皮肉だろ、と直感した三井はジロリと隣の宮城を睨みつける。
どうせまた人をバカにしくさった目つきをしているんだろう…
「ま、3日目だもんね」
思いがけない優しい目で三井を見て頬を緩めている。初めて見る宮城の笑顔に三井は唖然となった。
「そーいえばさっきのさ…」
ボードを手にフォーメーションについて話しだした宮城からは笑顔の欠片も見いだせなくて、余計に三井の脳裏に焼き付いた。
それからなんとなく宮城とツルむことが増えた…ような気がする。
今更改まってあの時のことを詫びるのも本当に今更な気持ちもあるが、でもうやむやにしたままも居心地が悪い。だからといって切り出す言葉が見つからなくて、今日も何も言えないまま帰途についている。
「もうすぐ予選ッスね〜」
「あぁ」
「なんか今年はイケそーじゃねッスか?」
「まー」
「三井サンもいるしさ。もうちょいフォーメーション煮詰めてってもいっかなって思うんだ」
「んー」
「…アンタ聞いてる?」
剣呑な声に我に返った。
「き、聞いてんよ…予選だろ!?」
上擦った三井の声とビクビクした態度に宮城は一際大きな溜め息をついた。
「アンタさぁ…」
何か言いかけて…でも宮城は視線を逸らして黙り込んだ。
饒舌な宮城が黙ると、重い沈黙が続いてしまう。何か、何か話題…
「宮城」
素早く人通りに目を走らせてから三井は立ち止まった。
「なに」
「あの、よ」
酷薄そうな宮城の瞳とピアスがキラリと光る。両手は汗を握りしめるほど緊張している。
「悪かった」
頭が膝につくくらい深々と頭を下げた。顔が見えないまま、
「すげー今更なんだけど…でもやっぱ『ケジメ』だしよ。お前に一番メイワクかけたし」
早口で、言い切った。やっと言えた安堵感と重苦しい沈黙に三井は頭を上げられない。
「あのさ」
と、宮城が口を開いた。ひどく硬い響きの声。
「アンタ、忘れてンのかもしんないけど」
何を言われるのか、怖い。キレた宮城の怖さは三井が一番知っている。
「言ったじゃん、オレ」
何を?
「『痛み分け』って」
いつ?
「…やっぱ忘れてんだ。ま、しょうがねーよね。アンタって俺のことにゃマジで興味ねーもんな」
そっと伺うと宮城は横を向いていた。どこか遠くを見ながら…
三井の視線に気付いた宮城は一瞬で表情を変えた。いつものように口角を上げ、目を細めて
「とにかくさ、もういーじゃねッスか。頭下げてンのなんか似合わねーよ?写メしときてーくらい」
「テメッ!」
「そーそー。アンタ、そーやってエラソーにしときなよ」
何だか上手くはぐらかされたように感じたが、三井は何も言えなかった。