献芹館
□mistake
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今日も少しだけ残って自分の練習をしようと部室のドアに手をかけた。
「いい加減にしろよ!」
バンと何かを叩きつけるような物音と共に、安田の怒声が響いた。
「言いたいことがあるなら自分で言えばいいだろ!!」
「………」
盗み聞きしている罪悪感がチラッとよぎったが、いつも温和な安田の珍しい怒声に興味を抱いた三井はこっそり覗こうとドアを開けようとした。
「三井先輩!掃除終わりました!」
いきなり後ろからかけられた声に飛び上がってしまった。勢い良く内側からドアが開き、安田が顔を出した。
「み、つい先輩…」
「あ鍵借りよーと思って」
しどろもどろな三井の態度に何かを察した安田は、一旦中に戻り鍵を手渡しながらジッと三井を見上げてきた。
「わりーな」
ふるふると安田が首を振る。物言いたげに唇が動いたが、結局安田は何も言わず、ペコリと頭を下げた。
そんな安田を訝しみ問いかけようと思ったが、自分の後ろに並んでいる1年生達の存在を思い出し、三井は無言で体育館へと戻っていった。
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頭の中でディフェンスを置く。仮想の相手に技を仕掛け、抜き去って放ったレイアップがボードに当たって外れた。
(チッ)
転がったボールに目もくれず新たなボールを手に取るとセンターまでドリブルをしながら後ろ向きに下がる。
「!!」
瞬間、振り向いた三井の手に力強いパスが来た。鈍い音を立てながら転がるボールと手の中のボールを交互に見る。乾いた拍手が体育館に響いた。
「勘、鈍ってねーみてぇだね。サスガ」
「…宮城」
軽い足取りで三井に近付き、足元に転がったボールを拾い上げた。
「アンタ、何やってンの?」
「見りゃわかんだろ、練習だよ、れんしゅー!」
「違ぇよ、俺が言いたいのは」
「何だよ!」
早くも喧嘩腰の三井の物言いに宮城の片眉がピクリと跳ね上がった。だが宮城は自分の手の中のボールを指先で回しながら、
「アンタが何の為に残ったのかってコト」
静かな声で問いかけてきた。
「アァ!?」
眉間にクッキリとシワを刻みつけて三井が大きく詰め寄った。
「何が言いてぇんだよ!」
「そりゃ俺が言いてーッスよ。アンタは何の為に部に残ったんだってね」
知ってんだろーが!と喉元まで出掛かった言葉を飲み込んだ。
それとも…追い出したいだけなんだろうか?
黙り込んだ三井に宮城はじれたように手の中のボールを力一杯床に叩きつけた。
「『選抜』出るって言ったじゃねーかよっ」
叫ぶと同時に三井の胸倉を掴んだ。そのまま力任せに揺さぶりながら
「そん為に残ったんだろ!?俺と一緒にもう一回全国行くんだろっ!?なに似合わねー指導者ヨロシク1年なんかに構ってんだよ!そーじゃねぇだろ?アンタが…アンタが言ったから」
鼻先が触れそうな至近距離で、宮城の目を見つめながら三井は展開に困惑し何も答えられず、揺さぶられるままにいる。
「アンタが言ったから…」
不意に宮城の腕が三井を抱き締めるように回された。そのまま息も止まりそうなくらいギュッとしがみついてくる。
「み、宮城!?」
「『好き』って言ってくれたから…だから俺、頑張ってンじゃん!なんで無視するワケ?俺、なんかした?ねぇ俺も好きってちゃんと言ったじゃん!!」
甘えるように頭をこすりつけながら、宮城は腕の力を緩めることなく三井にしがみつく。
「……え?………えぇ〜っ!?」
それまで凍り付いたように固まっていた三井は、物凄い勢いで宮城を引き離し後ずさった。
「な…何言いやがってんだ!このドクソチビ!!」
真っ赤になって立ちすくむ三井に突き飛ばされた宮城は尻餅をついたまま、唇を尖らせて不服そうに見上げた。
「んな事、言ってねーよっ!」
「言ったよ!!バックレっ気かよ!ヒデェ!!」
「ひでぇじゃねーよ!話作ってんじゃねぇ!」
「作ってねーよっ」
勢い良く立ち上がると、人差し指で三井の胸元を小突きながら
「俺が、キャプテンなった『あの日』、アンタが、言ったンだよ!」
一言、一言区切り噛んで含めるように視線を外さずに、告げる宮城の言葉が三井の脳内に木霊する。
(キャプテンなった日って…)
「おっお前走ってったじゃねーかっ」
「走ってったのはアンタだろ!!」
「俺ぇ!?」
裏返った声で叫んだ三井に益々不機嫌そうになった宮城は
「『俺もずっとアンタが好きだったンだ』って言ったら逃げてったのはアンタの方だっつの!なんで俺が走ってかなきゃなんねーのよ?」
「え?う…ウソ…だって…」
「ウソじゃねーよ!!てかさ…アンタ無かったことにしたいワケ?」
無かったことも何も…全く記憶に無い…恐ろしいくらいキレイさっぱりと。
「さっきだってアヤちゃんに『イイ男』だなんて言ったンでしょ?「も〜ノロケられちゃったわ♪」なんてアヤちゃんに言われてさ、俺すっげー嬉しかったのに」
(そ、そういう意味で言ったつもりじゃない!あ、だから彩子の奴、赤くなってたんか…ってノロケじゃねぇしっ!!)
「みんな祝福してくれてんのにさ、アンタずっと冷てぇし」
「みんなぁ!?」
「そーだよ、2年全員」
「なっ!?」
「だってさ、告られて嬉しかったンだもん。ソッコー電話してさ。ヤスに。そしたらヤッパさ今までアヤちゃんにはいろいろ言ったりとかしてたんだから、ちゃんと報告した方がいいべ?ってなったからアヤちゃんにも電話してさ。そしたらアヤちゃんもさ、実は赤木のダンナと付き合ってて〜って。あ、したらお互いラブラブなって良かったよね〜って。
んでさ、じゃあ幸せお裾分けしなきゃねって、アヤちゃんが言うからカクとシオにも連絡してさ…」
立て板に水の例えのように淀みなく滔々と、どこか得意気に語る宮城の話の半分も今の三井には理解出来ない。自分の記憶に無い所でいつの間にか宮城と『付き合って』いることになっていたなんて想像もしていない話としか言えず、そして三井は想定外の出来事に滅法弱かった。
硬直したままの三井の両手を宮城がそっと握り締めた。
「思い出してくれた?」
思い出すも何も…茫然と宮城を見下ろす三井の目に、ほんのり赤くなりながらとろけそうな笑顔の宮城が写った。
(宮城…)
今までの突き刺すような冷たい目が嘘のような、愛おしさが溢れた眼差しに三井はふいに胸が苦しくなってきた。鼓動に合わせて頬に血が上って、宮城の顔が揺らいで見えた。
「ちょ…三井サン!?」
両手を宮城に取られたまま、拭うことも出来ずに三井はポタポタと落ちる涙をそのままに宮城を見ながら
「……ウソだろ…」
と小さく呟いた。