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ネガティブ
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私は、醜い。


初めてそれを意識したのは、小学生の頃。
クラスメイトの男子に、散々ブスと罵られいじめられた。
長い髪が貞子みたいだとか、元々薄い色素を指摘され日本人じゃないとか、
今考えれば本当にくだらないことで散々中傷された。
だが、毎日毎日繰り返される言葉に段々慣れてきていたのか、
私自身が醜いのを受け入れられたのか、いつしかそれも苦ではなくなっていた。


中学校に上がって、直接的ないじめはなくなったが、
ひどく男子の視線を感じるようになった。

小学生の頃に私をいじめていたやつらが、私の顔をみてはコソコソと笑う。
時々、私が帰るのを見計らって待ち伏せされたりして、私は何度も嫌な思いをした。

高校生になって、それはさらに顕著になった。
授業中にチラチラと私のことを見てくる男子は後を絶たず、
そんなに私が醜いのが珍しいのか、わざわざ授業が終わっては、なんでそんな顔をしているのと厭味を言いにくる。

生まれつきですと答えてやれば、彼らは困ったように笑うのが常だった。

卒業間際に、小学生の頃私をいじめていた主犯格の男に呼び出されたことがある。
高校生にまでなって私をいじめるのかと辟易したものだが、
体育館の裏へ呼び出された時は本当に腹が立った。

彼は、何か緊張した風でもじもじと私を見、そして言うのだ。
“好きだ”と。

どうせこれも罠に決まっている。
私は醜いのだ。
こんなに醜い女を好きになる男などいない。
私をその気にさせておいて後でブスはすぐに調子に乗るなどと言ってあざ笑うのだろう。

私は彼の言葉にくすりと笑うと、ごめんなさいと踵を返した。
彼は私を陥れることができなかったためか、わかったと寂しそうに笑っていた。

高校を卒業して、学校にうんざりしていた私は就職した。
就職してからも男たちの視線は私にいつも張り付いていて、
私はいつも強いストレスにさらされながら仕事をしていた。

入社してすぐに、何人かの男たちに電話番号を教えてと言われたが、もちろん教えなかった。
男たちが私の電話番号を手に入れたりしたら、毎晩嫌がらせの電話が入ってくるからだ。
嫌がらせのように電話して、電話口でうーとかあーとか要領の得ない事で私を困らせるのはわかっていた。


なんて厭味なことだろう。私は嘆いた。


小学生の頃は直接ブスだと罵られ、それは私もわかっていたし
それなりに傷ついたりもしたけれど、ストレートな言葉はかえってわかりやすかった。
しかし最近日に日に回りくどくなっていく言葉や態度に、私は段々神経質になっていた。

私より先に、男が扉を開ける。(ブスは顔が見えないように先に行けというメッセージだろう)
居酒屋で奥に座らされる(ブスははじっこにいろということだ)
タクシー代をくれる(その金を持って早く失せろという意味)
可愛いねと言う。(厭味以外の何者でもない)
瞳が綺麗だと言う。(瞳以外はブスだという暗喩である)

そして、昨日。
うちの職場の中で一番若くて仕事が出来る、所謂女にモテるタイプの男に帰り際声をかけられた。
この男には、以前何度か飲みに誘われことがあり、散々可愛いなどと厭味を言われ、一体何のつもりなのか指輪を貰った事があった。
私は眉を潜めながら、男の言葉に耳をすませる。

「結婚して欲しい」

こんなに醜い私と、なぜ結婚したいのか。
醜い女と結婚したと周りに面白おかしくふれて回るつもりなのだろうか。
それともこんな醜い女と結婚してあげる自分は良い人間だと優越感に浸りたいのか。
私はいつかのようにごめんなさいと微笑むと、彼もまた悲しそうにうつむいた。


重い足取りで会社を後にして、疲れた体を引きずるようにして自宅へ帰る。
ポストに詰まった山盛りの手紙を見て溜息を落とす。
あれはきっと、不幸の手紙だ。

念のため二つつけている鍵を二つとも外して、部屋へ入った。
ハンドバッグをソファへ投げ置くと、そのまま洗面台へ行き化粧を落とす。

鏡の前に立ち、私は微笑む。


“私は、醜いのだ。”


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