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拝啓、早苗さま
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瞳を閉じれば、黒い髪がなめらかに揺れる。
ほのかに良い香りがして、彼女は振り向くのだ。

早苗さんは、所謂大和撫子を絵に描いたような聡明な女性だった。
やわらかな黒髪をすっきりと一つにまとめ、きりりとした瞳はいつもキラキラと生命力に溢れている。
色白で透き通った肌、小さく高い鼻に薄めな唇。
たぶん通り過ぎた男の誰もが―――、振り返る。
それぐらい美しい女性だった。

そんな女性と知りあいだというだけでも鼻が高いのに、彼女は俺の母親と仲が良いらしく、残念な事にあまり覚えていないが小さい頃から良く遊んでもらったりしていたらしい。
今はさすがに遊んだりはしないが、毎朝同じ時間に家を出ている。

俺の家のお向かいの彼女の家。彼女は通勤、俺は通学でたまたま時間帯が一緒だった。
はじめは会釈ぐらいで済ませていたが、あるきっかけがあって駅まで一緒に行くようになった。
俺は学校には自転車で通っているから、駅までは自転車を引きながら早苗さんと一緒に歩く。

学校のこととか、早苗さんの職場のこととか、家族の話。
そんなたわいもないことを毎日話していくうちに、当然のように俺は惹かれていった。
彼女のことを考えると訳もなくもやもやと、胸がつまるような心地になる。

大きく溜息を吐いて、書きかけのラブレターをくしゃくしゃに丸めてゴミ箱に投げ捨てる。
やっぱ、回りくどく書くよりも、ストレートに書いたほうが良いのかもしれない。
そう思いなおして、ボールペンを手に取った。

“拝啓、早苗さま。

好きです。俺と結婚してください”

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