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冷凍保存
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「どうしても、するんですか?」

病院のベッドへ横たわる彼女を一瞥してから、俺は彼女の両親に尋ねた。
すすり泣く母親の隣で、深刻な顔をした父親は静かに頷いた。

「君には、つらい思いをさせる―――」

「いえ、良いんです。俺は、家族じゃないし」

「必ず、目が覚める時が来るそうだ」

「そうですか」

植物状態の彼女を、彼女の両親は冷凍保存した。
俺ははじめ、それに反対していた。

成功するかどうかなんて現時点では不透明だし、何百年後に目が覚めて、脳だけが衰えているというのに(冷凍
保存されるから問題はないという見識もあったみたいだが)果たして正常に生きられるのか疑問だった。記憶だってしっかり残っているかわからないし、昏睡状態に陥る前の彼女と、解凍されて意識を取り戻した彼女が、果たして同一人物といえるかどうかもまた言い切れなかった。

冷凍保存の研究を一任されている科学者は何も問題はないと言う。
しかし科学の科の字も知らない俺からしてみれば、一体何の根拠があるのか見当もつかなかった。

しかし、両親の強い希望で――このまま目が覚めずに死を迎えるより、わずかな希望にかけたいと――彼女の冷凍保存は行われてしまった。
透明なガラスケースに入れられた彼女は、脳だけになってもやはり美しく、俺は毎日毎日、彼女を――彼女の脳を見るために、研究所へ通った。
あんまり毎日通いつめるので、研究所のリーダーが見るに見かねて俺にも冷凍保存を進めてくれたというわけだ。

もちろん料金は無料などではなく、かなりの金額を支払った。まぁ少しはサービスしてもらったが。

そして、どうやらこの実験は成功したらしい。
俺は手術台のベッドで気を失ってから今。目覚めた。

とうとう脳の冷凍保存は実現のものになったのだ。
俺自身がそれを証明している。

そしてまた、俺が成功しているという事は、まさしく彼女も成功しているはずなのである。
彼女のことを思うと、なんだか気恥ずかしくて、くすぐったいような気分になった。
俺は彼女に会わなければならない。


改めて強く決意して、辺りを見回した。先ほどよりは少しだけ首を動かせるようになってきていた。
今俺が目覚めたことを、どこかで監視している奴がいるのだろうか。

真っ白な壁は実はマジックミラーのようになっていて、外から俺のことを見ている人間がいるのかもしれない。
彼らは俺が目覚めたことを気がついているのか?

とにかく外部とコンタクトをとらねばならない。
俺は外に聞こえるかどうかわからないまま、大きく声を出した。

「―――」

声帯を使うのが久しぶりすぎるのか、上手く声は出なかった。
ぶひゅと力が抜けるような音がして声というよりはまるでブーブークッションを鳴らしたみたいだった。
それでも俺はやめなかった。
もしかしたら感覚を取り戻して声が出るかもしれなかったからだ。

ぶひゅ、ぶひゅ、ぶひゅ、と間抜けな音が喉から漏れる。
段々俺は焦ってきた。

あまりに体が思うようにいかないからだ。
首は少しだけ左右にまわせるようになってはきていたが、腕から先の間隔がない。
下を見ても手は見えないし、足もどうなっているかわからない。
“自分の体”という実感があまりなく、神経がそこまで通っていないのか、自分が今どんな体勢でいるのかもわからなかった。
例えるなら、手足がしびれた時にその部分に触れても感触がわからなくなるような現象だ。
ただ目とか耳とか鼻だとかその辺りの感覚はあったのでまるで夢でも見ているような錯覚さえ覚える。

真っ白な壁を見つめながら、俺はしばらくぶひゅぶひゅと声を上げ続けた。



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