喉がガラガラになりそうな時に、突然脳の中から声がした。
(今、何か食べたいものはあるか)
「ぶひゅぶひゅ」
“誰だ?”と言いたかったのだが、上手く声は出ず喉から音が漏れただけだった。
(声に出さなくとも思考でわかる)
その声は、まるで感情の篭らない声でただ頭の中で無機質に響く。
“アンタは一体、誰なんだ?”
(まぁ名乗る程のものではないが、強いて言うならバイオテクノロジーを研究しているものだ)
声の主は低く笑う。
“俺は何のためにここへ閉じ込められている?”
(今、何か食べたいものはあるか)
声の主は俺の思考をあえて無視をしてもう一度同じ質問をした。
“今は腹は減っていない。俺の質問に答えろ”
(お前の質問に答える義務はない。お前はただ食べたいものを言えばいい)
“なぜだ。俺だって人間だ。知る権利くらいはあるだろう”
それを聞いて声の主は、面白そうにそうかな?と笑う。
(では聞くが、100年後の人間が、100年前の人間を生き返らせてどうするんだ?)
“それは、昔の知識をより深く得るためだ。”
(そんなことに何の意味がある?)
“意味はある。歴史を正確に――”
(そんなものは既に保存されているチップの中に電子情報として記録されている)
“…ではなぜ俺を目覚めさせた?”
(ゼロから動物を作り出すのは不可能だが、何かの細胞があれば可能である。)
“一体何の話をしている?”
(しかしいまや動物の細胞を入手する事は不可能に近くてね。)
(バイオテクノロジーを持ってしても絶滅した生き物を再生する事はできない。)
俺は全く要領を得ずに、目を細めた。
(だからご丁寧に保存されていた100年前の脳を使わせてもらおうという事だ。)
“…もっと分かりやすく言ってくれないか?”
背筋が段々と薄ら寒くなるのをひしひしと感じていた。
嫌な予感がする。
(100年前の脳をベースに遺伝子をいじらせてもらって、新たな生き物に変形させてもらったよ)
新たな生き物?
一瞬、脳の働きが停止してしまったように頭が真っ白になった。
それはつまり、俺は人間ではないということか?
ごくりと唾を飲み込もうとしたが、口の中がカラカラで、上手くいかなかった。
俺は人間として生まれ変わったのではなかったのか。
人間として生まれ変わって、新しい世界で彼女と共に生きるはずではなかったのか。
ただの実験動物として100年後の世界に蘇ったというのか。
もし今の体が自分自身のものだったら、間違いなく震えていただろう。
俺は搾り出すように、意識を言葉に変えた。
“俺は一体、何になっているんだ?”
そう思った途端、突如として目の前に鏡が出現する。
(お前の彼女も同じように利用されて、我々の食料になったよ)
鏡の前には、四本足の、醜く太った、豚がいた。