「今開発中のモデルは、車内の各場所に小型の映写機があってそれらを組み合わせることでお好みの立体映像を助手席に映し出す事が出来るのよ」
彼女は得意げにすごいでしょ、と付加える。
「でもこの車じゃ古すぎて無理ね。声だけで悪いけどアタシで我慢して頂戴」
「いよいよナビも近未来的になってきたな」
「そうね、でもそうは言っても機能はあくまでも画面上に出るナビに従って運転してもらうだけで、そんなに大きく変わったところはないわ」
「じゃあ何のためにナビィがいるのさ」
「あっ、ほら!そこ!」
「えっ!?」
ナビィが突然声を張り上げたので、慌ててハンドルを切った。
画面の液晶ナビには、右折の文字が点滅している。
どうやら曲がりそこなったようだ。
「もう、ダメじゃないの」
「いやいやだってさ」
「今みたいに画面上でわかりにくい場所や地形を私がわかりやすく教えてあげるってわけよ」
教えてあげたのに間違うなんて困るわ、と彼女は本当に困ったような声色を出す。
どちらかといえば困っているのは俺の方だが、どうせ言ったところで文句を言われそうな気がしたので黙っていた。
「次は気をつけてよね」
「できればもうちょっと早く教えてくれる?」
「仕方ないわね、じゃあ早くUターンして」
「…別ルートはないの?」
「んー、まぁあることはあるけど、結構道細いわよ?」
「いいよ。そのルートに切り替えて」
「はいはい」
ナビィがそう言った途端、画面にnowrodingの文字が映し出される。
かりかりと音がして、液晶画面に新しい道のラインが示された。
「ナビに従ってね」
「らじゃー」
赤のラインが示すとおりに、100m先の信号の手前を左折する。
今まで開けていた道が、急激に細くなっていた。
「うわ、ホントに狭いな」
思わずひとりごちれば、彼女は鬼の首をとったかのように揚げ足をとる。
「だから言ったでしょ。このルートは所謂非推奨ルートよ。通常のナビなら絶対にこんな裏道選ばないわ。っていうかこんな細い道情報として記録しないのよね」
「裏道ってわけか」
「ええ。本来のナビよりもずっと融通が利くし、まるで地元民だけしか知らないような裏道を提供できるのも私も魅力の一つなのよね」
ふーんと気のない返事を返して、ハンドルを握りなおした。
外の風景を何気なく見れば、本当に住宅街が並ぶ何の変哲もない町並みで
これはナビィなしじゃあ絶対に通らなかっただろうと少し感心した。
「そういえばさ、これって今どこに向かってるわけ?」
ふと思いついて尋ねてみる。そういえば東京のデートスポットを目指していたはずだが。
このルートを見る限りでは何処に向かっているのか検討もつかない。
「東京タワーよ」
「東京タワー?」
脳裏にあの赤いボディが蘇る。
「なんでまた、東京タワー?」
「ばかね、デートスポットといえば東京タワーでしょ。今念のためGoogle先生に聞いたけど検索結果上位5件全てにこの場所が挙げられているわ。」
東京タワーというのは、一昔前に建てられた電波塔だったような気がする。
今はもっと高い塔が建てられて、既に錆びれていたと記憶していたが。
古いものみたさで見学に訪れる男女が多いのだろうか。
「でもさ、結果と女の子の気持ちは必ずしもイコールとは限らないだろ?」
「まぁね、女心は複雑だから」
「じゃあさ、ナビィの好みを教えてよ」
好奇心から、どうせなら人工知能の好みを知りたかった。
ナビィはそれを聞くなり、一瞬返答に困ったのか沈黙する。
そして、ゆっくりとした口調で切り出した。
「…私の考えが、イコール女の子の考えとは限らないわよ」
「なぜ?」
彼女の意味深な雰囲気に、つい眉をひそめる。
「なぜ、って、一応私自身には自我もあるし自分のことを女だと認識しているけれど、所詮は情報の集合体に過ぎない、計算記号でできているただの人工知能ですもの。女とは言えないと思うわ」
「…俺には、人間にしかみえないけどね」
まるでナビの向こう側と電話でも通じているんじゃないかと思うくらいリアルな感覚。
それぐらいナビィは人間くさい。もしかすると人間より人間らしいのかもしれない。
「まぁそれは人間の考え方ね。自分に感情があるから相手にも感情があると思うんでしょ。私には、…わからないわ」
彼女は少し悲しそうな声で言う。
なぜだか胸が少しだけ痛んで、液晶の画面から目をそらした。
「とにかくさ、ナビィが行きたいところに行ってみようよ」
どこに行きたいの?と尋ねれば、彼女は搾り出すように答えた。
「海―――――――」