真理を追究する者
□それぞれの困惑
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少女には羽があった。
白くて、大きくて、広大な空をどこまでも飛んでいける翼が。
しかし、その羽が空を掴むことはなかった。
飛べないわけではない。
ただ、飛ばない理由を並べているだけ。
羽があるからといって、どうして飛ぶ必要がある?
うまく飛べなくて、墜落したらどうする?
撃ち落とされたらどうする?
無意味に、無為に、理由だけを列挙して、自身の持つ可能性を閉ざす少女は、ただ。
薄暗い監獄の中で、自分の身体から伸びる羽を、じっと見つめ続けるのみだった――
――竜たちの住む峰――ドラゴンズ・ピーク。
そこには無数のゴールデン・ドラゴンとブラック・ドラゴンが住まい……一説によると、カタート山脈に巣食う魔族たちの監視をしているとか。
『……それで、今度は何の用だ?獣神官よ』
そんな竜族の峰に突如現れた二人に――
レジャーシートを広げてお茶会をしていた二人に、ゴールデン・ドラゴンの長老は呆れた視線を向けた。
「いやあ、ミルガズィアさんもご一緒にどうですか?ノウンさんがアレンジした紅茶があるそうですよ」
「自信作」
片方はにこやかに、もう片方は機械を思わせる無表情でバスケットを開き、カップを用意する。
『……もしやお前たち、ここにピクニック感覚で来訪したとは言うまいな?』
「感覚というより……まあ、そうですね。実はですね――」
瞬間。
紅茶を作っていたノウンの姿がかき消え、竜の姿のミルガズィアのおなかにベタッ!と貼りついた。
「ド、ド、ド、ドラゴン!ゴールデン・ドラゴンの皮膚!ついに触れたのですよフカフカできるのですよ意外とつるつるでさわさわ気持ちいいというかああ、こんな伝説級の代物にお目にかかれてしかも実験しがいがありそうな素材でぐへへへへへ」
――興奮からか変態極まる言動をする天使に固まるミルガズィアと。
同じく固まった後、頭痛をこらえるように額に手を置くゼロス。
「……ノウンさん、荷物受け取れなくなっても知りませんよ」
「――はぁッッ!!」
冷静なツッコミに大げさに反応したノウンは、再び虚空を渡ってレジャーシートに舞い戻る。
「失敬失敬、滅多にない一期一会についフレンドリー・ハグ&ホールドをかましてしまいまして。ですが悪意はこれっぽっちもありませんのでそこのところはご了承を☆」
「いやあ、すごいですねえノウンさん、悪意なく人を実験素材にしようとするなんて。素直に感服します」
『……本当に何をしに来たのだ?お前たち』
表情から言葉から、『うんざり』という色をまったく隠さずに呟いたドラゴンに、ゼロスはすっくと立ちあがって、
「ともあれ、ミルガズィアさんがいらしたようですので、僕は戻りますね」
『何?』
「僕の方もいろいろと用事がありまして……時間も押していることですし、詳しいことはノウンさんから聞いてください」
言いながら、黒く戻ったノウンから小さな紙片を受け取るゼロスは、
「使い方わかってるよね」
「ええ、ちゃんと覚えてますよ。……それではノウンさん、くれぐれもミルガズィアさんに失礼のないようにしてくださいね。フォローが大変ですので」
「信用されてる。……じゃあまたあとで」
軽く手を振る少女の前で、黒衣の神官の姿が忽然と消える。
――…………
ミルガズィアは無言で周囲に意識を集中するが……彼の気配はもはや完全に消えていた。
自然と双眸が険しくなるドラゴンの前で、正体不明の少女はゆったりと紅茶をすすったのだった。
……数分後。
『お前は本当にこれだけのことでここに来たのか?』
「うん。ありがとう」
ずっしりと重いリュックを受け取り、早々に中身を確認し始める。
その間に人間の姿に変身したミルガズィア。
ここは開けているために、普通に座っているだけでも目立つ。竜払いなども行いつつ荷物を取りに往復した彼は、じっと目の前の少女を観察する。
初めてここに来た時とあまり変わらない姿。眼鏡や髪留めがないという多少の変化はあるが、気配自体は依然と全く変わっていないように感じる。
――魔族にはなっていない……しかし、いまだにゼロスとともにいるのは……?
「……中、見たの?」
リュックの中にあったものをすべて出し終え、ようやく口を開いた少女。
一つ一つを入念に確認しながらつぶやかれた言葉に、ミルガズィアは正直に話す。
「ああ。お前は『対魔族用の兵器』だと聞いたのでな。何か魔族に対抗する策でも入れているかと思い、失礼を承知で勝手に見させてもらった」
「ふーん、そう」
蓋を開けて中の匂いを嗅いだり、二つの試験管を並べて光に透かしてみたり。