落書き
□復讐と逃走(後)
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その時、しわがれた声が二人の間に割って入った。
「問題ない。私がこの娘を無事に外に連れて行く事を約束しよう」
「あ?」
「その代わり、そっちにいるうちのお嬢様を連れて行くことだ。もしも死なせるようなことがあれば、即刻この娘を殺す」
「!」
「私達はお互いに人質がいるという状況なわけだが、つまりは対等な関係だ。わかるな?私は悪魔だ。女だろうが子供だろうが容赦はしない」
耳に不愉快な声が、瓦礫の向こうからでも真剣味を帯びて響いてくる。
ザックは一度瓦礫を睨みつけ、フンッと鼻息を漏らして踵を返した。
「……そいつを殺すのは、俺だ。手ェ出してみろ、このガキ殺してやるからな」
「承知の上だ」
返答したカロンも、聞いていたノエルも、頭上に疑問符を浮かべる。
だが聞く間も無く、ザックはズカズカと通路の奥に向かっていった。
「あ、ちょっと、わたくしを置いていかないで下さいまし!」
「うるせえ!早く来ればいいだけだろ!」
「不条理ですわ!本当に紳士さの欠片もない方ですのね!」
「シンシってなんだ、いいからさっさと来い!」
「…………」
靴音が遠ざかっていくのを確認し、レイも瓦礫に背を向けた。
隣に佇む悪魔に目もくれず歩いていく後ろ姿を、カロンも追いかけていく。
「…………」
彼は静かに少女を観察する。
ノエルより年下と思われる体格、拳銃が入ったポーチがあり、自分が落下の衝撃を抑えたから無傷で、足取りも悪くない。
――そいつを殺すのは、俺だ。
あの殺人鬼の言ったことが気にならなくもなかったが……
「……ねえ」
ふいに、少女がグルリと首をカロンに向ける。
「なんだ」
「あなたは悪魔なんだよね?」
「そうだ。……大悪魔カロン、だ」
なんとなく、後ろに自己紹介を付け加えた。
本当に悪魔なのかという確認のために聞いてきたのならば、明確に答えなくてはいけないだろうという、カロンなりの配慮だったのかもしれない。
しかし彼女は、やはり一切動じない。
「……そう。私は、レイチェル・ガードナー」
一度そう呟いてから、人形と見紛う無機質な瞳で彼を見上げ、
「ねえ、神様っているの?」
現状に関係のない質問をした。
「は?何故そんな事を聞く?」
「……別に。気になっただけ」
ついとそらした目には、やはりなんの感情も読み取れない。
少し考え、カロンは素直に答える事にした。
「……さあな。少なくとも私は見たことがない」
「大悪魔なのに?」
「どういう根拠だ。とにかく私は知らん。いると信じてる奴がいるならいるんじゃないか?そいつの中にはな」
「…………」
赤い瞳を覗き込む青い瞳を見つめ返す。
しばらくして、レイは前方に意識を戻した。
「……そう」
小さく呟きを残して。
「…………」
――なんなんだ、こいつは。
ノエルとはまさに正反対の、考えがまったく読めない感情の欠落した少女に、カロンは狂わされた調子を取り戻すべく、歩くことに集中し始める。
「ちょっと待ってって言ってるでしょう!?どうして聞いて下さらないんですの!?」
「うっせえな!じゃあさっさとついてくればいいだろーが!」
反響しまくる二人の声。
イラつくザックの後ろを、子雀のごとく遅い歩みで進むノエル。
「出来るわけがありませんわよ!わたくしの足は義足なんですのよ!」
「はぁ?」
その言葉に、ようやく立ち止まって振り返る。
「何だそりゃ。ニセモノの足ってことか?」
「……そう、ですわ」
しまった、と顔を歪めるノエル。
今はお互いに牽制し合っている状況とはいえ、敵に自らの弱点を告げてしまった。
濁る言葉に、しかしザックは苛立たしげにふんと鼻を鳴らすだけ。
「ったく、ガキってのはどいつもこいつも……」
「え?」
「なんでもねえよ。走れねえってことだろ?」
そしてついと顔を背ける。
「で、それがどーした」
「なっ……!?」
「危なくなるんなら前の方からだろ。なんか来たら俺が全部壊しゃいい話じゃねえか。で、安全になったとこをお前が歩く。そんで全部解決だろ?じゃ、先行くわ」
「ちょ、待ちなさいなぁ!!」
一刻も早くレイの無事を確かめたいザックからすれば、こんな小娘の言う事などいちいち聞くだけ時間のムダだ。
ついでに言うなら、彼女と足並みを揃える義理もない。
ズンズン突き進むザック――その視界の中に、奇妙な違和感が。
――何だ?
通路の暗闇に、赤く小さな光が灯る。
それは徐々に増えていき――不快な羽音とともにこちらに迫ってきた。
「ああ!?」
軍用ドローン――カロンでさえ苦戦するそれが、ざっと見ただけで10体。
「はあああ!?何だこりゃあああ!!」
自立して動くドローンは、何も知らず大声をあげる男に一斉に襲いかかる。