それでも僕らは

□とある魑魅魍魎の話
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どろり、どろりと様々なものが混ざり合う。

綺麗だと、美しいと、見る者全てが私を誉め称えたのは遥か昔。


『私』は一体、なんなのだろう――?




*魑魅魍魎の場合*




その日とて、私はいろんなものを引き連れさまよった。


いろんなものが混ざった私は、その日によって姿を変える。今日は獣の姿だった。けれど混ざりすぎてなんの獣かわからない。


私『達』は茂みに隠れ、いつもの自問自答を繰り返す。


お前はなんだ。ここはどこ? この体はわたしのものよ。いいや、俺だ。さむいよ。怖いよ。怖いよ。コワイヨ。


私の中に流れる数多の『声』。私は『私』だ。私のものだった、はずなのに。


「どうしたの?」


少女の声が、響いた。


誰にも気づかれぬようにと茂みの中にいたのに、その子供は茂みを掻き分け、確かに私を見ていた。


見られた。気づかれた。私の中で焦りが生まれる。

そんな私などお構い無く、彼女は私を持ち上げた。


「君って猫? それとも犬?」


そんなこと、私だって知らないわよ。

離せ、離せと暴れて抵抗してみる。


「うわっ、暴れないでよ、もう」


私を持ち上げていた腕が下がる。良かった、解放される。そう思った、のに。

あろうことか、彼女は私をその腕に抱いた。


「君汚れてるね。今うち誰もいないから、洗ってあげるよ」


いらない。そんなのいらない。洗ったところでこの醜さが変わることはないんだから。

心ではそう思うものの、私はおとなしく抱かれていた。

人の腕に抱かれるなど、いつ以来か。このぬくもりを感じるのは、いつ以来か。


いつから、私はこのぬくもりを忘れてしまっていたのだろう。


いつのまにか、煩わしい心の声など気にならなくなっていた。


先程言っていた通り、少女の家には誰もいないらしい。彼女の「ただいま」が静かな廊下に響いて消える。

返事はなかったが、かわりに一匹の黒猫が彼女の足下に駆け寄ってきた。

猫の視線が私に向く。あいつは気づいているのだろう。私が『生物』ではないことに。

その目は、殺気に満ちていた。


しかし彼女はそのまま風呂場へ直行し、私の体を洗い始める。飼い猫の気苦労など知りもせず、また私もおとなしく洗われていた。


「あれ、落ちない? もしかしてそういう模様だったの?」


どんなに洗っても落ちないことにようやく気がついたらしい。洗うことをやめた彼女はまた私を持ち上げ、そして「あ」と声を溢した。


「君、目の色紫なんだね。きれい」


私紫好きなんだー、なんて、目の前で少女は笑う。

きれい、だなんて、随分と久しぶりに言われた。そんなあたたかい言葉を向けられたのは、いつ以来だろう。

足下のお湯溜まりに視線を落とす。そこにはやはり醜い私が映っている。けれども、そうか。彼女はこの瞳の色が好きなのか。


『私、この色好きなの。だって綺麗でしょ?』


かつて、そう言ったのは誰だったか。


黒猫がにゃあと鳴く。どうやら彼女の家族が帰ってきたらしい。彼女は私を隠すため、私を自室へと連れていった。


「ここで待ってて!」


そう言い、彼女は部屋を出ていく。黒猫も彼女についていったから、この部屋には私がひとりだけ。いや、『ひとり』と言うのは語弊がある。実際には『ひとり』ではない。


私の中で響く声。それは鳴り止むことはない。けれども、今は。


「お待たせー…て、あれ?」


部屋から私を探す声が聞こえる。その声を、私は外から聞いていた。


あの子は優しい心の持ち主だ。けれども、今更私は変われない。この混ざりあった、醜い私は変わりようがない。ならば、せめて。


本来の私を、大切な思い出達を、思い出させてくれたあの子に。あの子に恩を返したい。


そして、数年後。その時は来た。


目の前には、女と黒猫。女の方は人ではないだろう。私と似たものを感じる。

女は言う。少女を助けたいかと。

数年前、私を拾い上げてくれた少女は、先日事故に巻き込まれ亡くなった。しかし女は、彼女を助ける方法があると言う。

厳密には、彼女の魂を別の次元の別の器に移すのだと言う。そんなこと言われたって、学のない私にややこしいことなど何もわかりはしない。だから、私は答えた。


『何でもいい。この身全て、あの子に捧げよう』


私はもう十分生きた。だから、こいつらと、そして思い出を連れて私は逝くよ。


――後は『お前』に任せるよ。









「『私』は、『貴女』の願いを叶えられているでしょうか?」


誰もいない部屋で、ぽつりと呟く。

あの日、『こちら』の世界へ渡った日。『彼女達』は私を置いて逝ってしまった。

残った『私』は彼女の『願い』。私はあの混沌の中で生まれた。『綺麗な姿なら、あの子の傍にいられたのだろうか』という、彼女の想いから生まれた。

首を動かせば視界に長い紫色の髪が映る。あの子が好きだと言った色。『彼女』の大好きだった人が好きだった色。


『彼女』は未練はないと言った。ならなぜ私は生まれたのだ。なぜ私だけここに残っているのだ。

私ひとりとなった今でも、私は私が何なのか、よくわからない。

けれども、こんな私でも、やはりあの子は受け入れてくれた。あの時のように、優しい笑顔で受け入れてくれた。


「きっと私はこれからも悩みを抱えていくのでしょう」


それでも受け入れてくれる人がいるから。


「あの子の隣で、『生きて』いこうと思います」


それは、もう聞こえることのない声に向けた決意。




+++
なんだこれ。訳のわからない文になった。
補足として、紫希の場合は黒露のようにずっと一緒にいたわけではないです。最初の『彼女』が望んだ綺麗な姿が今の紫希です。よって、最初と最後は別人格となります。『彼女』は夢主の魂を転生させる時の贄となり、体には自身の能力(これは本編にて)と紫希だけを残しました。

大雑把に纏めると、自分を見失いかけてた『彼女』が夢主と会ったことで自分を取り戻し、けれども「こんな私じゃあの子の傍にはいられないわっ! 綺麗な私だったら…」という想いから紫希を生み出し、「私あの子のために逝ってくる! こいつら道連れにして!」と紫希を残して逝った、と。

恐らく私のこの作品上一番ややっこしい設定なのは間違いなくこの子だと思う。なんでこんなことに。

+2014.06.21 風柳 翼+
 

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