文3

□美人とは(小政)
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「小十郎、美人見つけた」
「?」
耳元に楽しげな声でこそこそと報告してきた政宗の視線の先には美人といわれた女。

政宗様が言われるとおり確かに美人。

小十郎は彼女に興味なさげな視線を送った後に政宗の耳元に顔を寄せた。

「貴方の方が美人ですが」
「そういうのを聞いてんじゃねえよ馬鹿」

小十郎の真面目な声に政宗の頬に朱が走る。

政宗とて別に美人を見つけたからといって何をしたいわけでもなかった。
ただ、美人というのは花と同じで見つめているだけいいという意味で他意は無い。

華やかに周りの心を和ませるその娘の笑顔を見つめ、政宗は微笑む。
自分と同じくらいの年ごろの娘たちというのが楽しげにしていると言うのも良いものだ。


と、そんな事を思っていた政宗の視界が暗くなった。

「…?」
「もう見てはなりませぬ」
「はあ?」

視界を遮ったものは小十郎の手。
目の前の大きな手は触れてこそいないが目元に彼の温もりを送ってくる。
いきなりの行動に、小十郎の意図がわからない政宗は折角見ていたのにと不機嫌に眉を寄せた後にその手を掴んで下ろそうとするが、びくともしない。
背伸びはしたくないと思いしゃがもうとすると、手も一緒に動く。
無論その状態から伸び上がろうとすれば手も一緒に動く。
何度か屈伸運動のような変な攻防を続けていると業を煮やしたように小十郎の手が顔に張り付いた。

光も入らない目隠しに、政宗は流石に苛立ちを感じて手を引き剥がした後に抗議を込めて小十郎を見上げて睨みつける。

「なんだよ!!!」
「小十郎だけを見て下さい」
「は…?」

不機嫌やら寂しさやら複雑な感情の色を瞳に浮かべた小十郎に、政宗は彼を見上げたまま動けなくなってしまう。

小十郎の腕は未だ政宗の顔の前で、政宗の視界には彼しか入らない。

今現在、政宗は小十郎の願い通り、彼しか見ていない。


「な、なんだよ…」
「嫉妬です」
「は?いや、俺は唯、民の幸せそうな顔をだな…」
「ええ、でも、先程はあの娘ばかり見ていましたよ?」
「…そりゃ美…」

ばさりと音がして、手よりも幅の大きい小十郎の着物の袖に覆われる。
一瞬何をされたのか判断できなかったが唇に触れた感触がそれがなにかを如実に物語る。

ついでにぺろりと唇を舐められて、政宗は顔を真っ赤にして羞恥に震えだす。

「おま…っ」

こんな往来で何しやがる、と言う言葉は小十郎微笑みで消された。

「良いですよ俺は往来だろうがなんだろが」
「よかねえだろお前も俺も」
「良いんです」
「…っ…」

此処にいるのはただお忍びで城下に出てきたとはいえ、民から見れば“浪人者”の二人なのですよ?

その証拠に誰も自分たちを見てはいない。
見ている者もいたかもしれないが、そんなの関係ない。
貴方が誰を見ているかが俺にとっては重要。

ほら、今貴方は俺のことしか考えてないでしょう?

微笑む小十郎を見上げて、政宗は未だ羞恥に震えながら控えめに声を荒上げた。
「馬鹿か!」
「ええ馬鹿ですとも、貴方の目に映るもの全てに嫉妬する虚け者です」
「shit!」
開き直る小十郎に半ば呆れた政宗は火照った顔を仰いだ後、余韻の残っていた唇に思わず手の甲を当てる。
その行動で、政宗にも小十郎にも口づけをした事実が突き付けられる。
政宗は更に耳まで赤くなって、だが、文句も何も言わずに俯いた。
小十郎はそれを見つめて深い笑みを湛えた。




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