文(現パロ)

□空6(小政)
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元就を追いかけて、途中近道の公園に差し掛かった時に足が止まった。
しゃがみ込んでいる人が居たのだ。
淡い弦月の月明かりの下に。

弦月、あの人を思い起こさせる。

月を見つめていると、その人影から声が聞こえた。

俺の名前を、呼んだのだ。
懐かしい、あの、声で。

***

生まれて物心ついた時には自分には漠然と前世の記憶があった。
生まれた家はごく普通の家だ、よくある中流家庭。
俺は年の離れた姉の顔も、父の顔も母の顔も懐かしいものだと幼心に思った。

懐かしいとは思えど、どこかちぐはぐな心と体に苛立ち中学でも荒れていた自分は、そのまま高校に上がった時に今まで感じたことのないほどの空虚に襲われたのだ。

そして、漠然としていた記憶がいきなりといっていいほど鮮明に、俺の中に戻ってきた。

あの子が居ない。

自分の腕の中で縋り泣いて母親を求めたあの小さな子供が。

『梵天がこのような目ゆえに母上は…母上は…』
母親に捨てられ、原因となった目を悲観して泣く小さな子供。
『こじゅうろっ、こじゅうろう』
母親に縋ることも許されず、傅役として傍にいる俺に縋った幼き主。

ああ、俺は…今生では小さな貴方様の御傍には生まれなかったのですね…。

そのあたりから俺は家族が驚き気味悪がってしまうくらいに大人しくなったという。

どうしようもない空虚が襲う、腕の中に貴方が居ないのだ。
その成長を傍で見ることが叶わない。
きっとこれは前の世の最期に貴方を置いて先に逝ってしまった自分への罰なのだと。そう思った。

病を告げた俺に縋って泣いていた貴方を置いて…。

きっと、今生では会えないのだ、それが試練なのだ、俺らの命はすれ違ってしまったのだろう。

何度涙を流したことか。
何度会いたいとその名を呼んだことか。

いっそのこと狂ってしまえばよかったのにと思っていた俺の前に現れたのが元就だった。
俺と同じ理由で荒れて手のつけられない状態だった彼を救わねばと思いながら自分の心を暗闇に陥れぬように利用したと言ってもいい、とにかく彼を救ってやろうと尽力した。
元親に会えなかったらずっと傍にいてやろうとさえ思っていた。
だが、彼と共に居るうち、持ってはいけない期待が頭をもたげた。
貴方が、今生にいるのではないかと言う、愚かな期待が。

元就が落ち着いたことを機にあの懐かしき地に行ったのも偶然だったのかもしれない。

懐かしき城の跡に立ち、その景色を見て城が出来た日にあの方と語り合ったことを思い出した。

『見ろ小十郎、こんな眺めなら、天守閣などいらないのも頷けるだろう?』
『さようでございますな、政宗様』

政宗様…。
この御名前を何度呼んだことでしょう。
お会いしたい、今生、貴方様は小十郎と共には生きてくださらないのか。
今ならば主従などかかわりなく、貴方を抱き締めることができるというのに。

その地から離れられる決心がつかずにいた俺を心配し、いい加減に帰ってこないと追い出すと連絡をよこした元就に、次の日に帰ると決めたその日。

その御姿を俺の世界に捉えた。

「政宗、もう行くよ」
「あ、はい!」

ふわりと香った香りはあの時と同じで。
思わず手を伸ばしかけたが、あろうことがそれを途中で止めてしまった。

輝宗様の手前があったからやも知れぬ。

俺は前の世で自分を見出してくれたあのお方の子にあってはならぬ懸想をしたのだ。
その思いが急に心を締め付け、振り返った政宗様をそのまま行かせてしまった。

同じ世界にいることを知ってしまってからの方が深く苦しむことになるとも知らずに

元就のもとに帰った俺はきっと彼にもわかるくらいに消沈していたのだろう。
いつもの冷たい言動を控えて、ただ「おかえり」と言ってくれた。

その日、俺は久々に涙を流した。
意気地が無かった自分を恥じて。

引きとめればよかったではないか、前の世の関係を知られなければ済む話なのだから。
それくらいに、俺はあの方を愛していたはずだろう?

もう会えぬのかとあのメールを見るまでそう思っていた。





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