文3
□香(佐幸)
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佐助から香った香りに幸村は眉を寄せた。
もう一度嗅ぐと、爽やかで甘い香り。
何故彼からこんな香りがするのかと暫し考えたが理由はわからずじまいだった。
唯一つ解ったことといえば、とてつもなく嫌な気分になったことだ。
嗚呼、聞こうか聞くまいか。
別に彼を疑っているわけではない、ただどうして香をつけるなどしない彼からその匂いがするのかが気になって仕方がない。
部屋の中をうろうろと、そこだけが異様に削れてしまうのではないかというぐらいに歩き回りついにはしゃがみ込んでしまった幸村は、一向に埒が明かない己の思考に唸り声を上げる。
次の日には消えてしまったその匂い。
今となってはなんだったのかすらわからない、だが、鼻に残るあの爽やかな香りは忘れられない。
せめて原因を追究したいのだが、どう聞けばよいのだろうか?
「あの匂いはなんだ!」
半ば叫ぶようにして聞きたいという思いの丈を口にした幸村は部屋に反響した己の声を聞いて項垂れた。
「聞いても別におかしいことではないよな?」
素直にこの間の匂いはなんだと聞けばよいのだ、何も意識などせずに。
だって佐助が自分以外の者とそういうことになることなんてないはず、多分。
だが、もしそうなっていたら。
そこまで考えた幸村はまた頭を抱えてしまった。
聞けば安堵できようものだが、聞いて自分の望まぬ答えが返ってきたときはどうすればいいのだろうか?
佐助に「もう要らない」などと言われては立ち直れるような気がしない。
彼とはこれから先もずっと主従として共に生きていくというのに。
まさか、別の主でも見つけたとか?
思考が徐々にありえない方向へと向かい始めた幸村はいつも佐助が顔を出す天井へと視線を向けた。
そこから笑顔の彼が現れないかと、そう思った矢先、願いが叶ったようにそこが開いた。
彼の笑顔は苦笑いだった。
「どうしたの旦那、大声なんか出してたけど」
「さすけぇ…」
「はいはい?」
「せん…」
「何、どうしたの?」
「せん、せんじ…」
「…薬でも煎じたいの?」
「先日!」
「うん?」
幸村が中々話し出せずにいるうちに佐助は彼の前に降り立つ。
真っ赤になっている主を見上げて、何を話し出そうとしているのか見当が付けられず、佐助は彼の言葉を待った。
先日?
「先日の匂いが気になって、いやお前がその、香をつけるなど珍しいから…無論疑っているわけではないのだが気になるものは気になって、俺は別に佐助が…」
匂い?香?
はて何のことだろうと首を捻った佐助はしどろもどろに説明を続ける幸村の話を右から左に流して思考に入る。
先日といえば、任務というよりもお使いから帰ってきたら旦那に抱き疲れた日だ。
余程寂しかったのか甘える旦那が可愛くて…幸せだったなあ。
で、何があったんだっけ?
五感どころか六感までにも神経を研ぎ澄まさせる必要のある忍が香を付けてたまるかと言いたいところだが、匂いがしたってことは移り香でもしたんだろう。
移り香?
いや、移り香ではないな。
幸村様以外抱きしめたいとは思わない。
使いに行った場所を思いだした佐助は納得したように声を上げた。