恋海二次小説[2]

□Dangerous food
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リュウガは入浴や食事に海賊らしからぬ、こだわりを持っていて、〇〇はシリウスの船に来てすぐの頃、少々驚いたものだ。

海賊というものは、もっと荒んだ日常を過ごしているのだと、〇〇に無意識の認識があったからかもしれない。

船員の皆で共に食事をとる。

それはまるで家族のようだと思えて、〇〇の警戒や緊張で強張った心をほぐしてくれた事のひとつであったかもしれない。

それをシンに告げた時彼からは、船に来たその夜から警戒も緊張もなく、海賊の男と二人の部屋で熟睡しきっていた奴が何を言うと額を小突かれた。

船に乗ったばかりの頃の事は、今やすっかりシリウスの船に〇〇が馴染み、シンの隣にいる日常が当然のようになってる事を思えば、何とも懐かしい限りだ。



さて、〇〇の故郷であるヤマトの夏祭りに赴いた後日の、航海中のシリウスの船での事。

〇〇が洗濯物を干し終え手隙になったので、何か仕事はないかと厨房に向かった。

厨房を〇〇が覗いて見ると、ナギが出来具合を確認するように手にしていたものは、ヤマトの祭りでシンと食べたチョコバナナだった。

「ナギさん、チョコバナナ作ったんですか?」

ヤマトでの夏祭りで、シンと二人出店を巡りながら食べた時の事を〇〇は思い浮かべた。

苺味のチョコバナナを食べるシンが、決して言えないけれども、とても可愛く思えてしまったのだ。

シンが〇〇には、そうやって気負いせずに寛いだ姿を見せてくれる事が増える度に、とても嬉しい。

「どうした」

「えっ!?」

どうやらシンの事を考えていたら、自然に笑みが漏れていたらしいことに、ナギに問いかけられて〇〇は気が付いた。

〇〇は慌てて緩んだ頬を抑えるが、ほんのりと紅潮していく白い肌は自分では止められない。

「あ、あのっ。そ、そのですね、ちょ…、チョコバナナ美味しそうだなって」

慌てふためく〇〇に、ナギの口端から小さな笑いが零れた。

「嘘つけ」

「う、嘘って…」

「どうせシンがらみだろ」

〇〇が今のような…花がほころぶ瞬間みたいに柔らかくて、そして温かくて、見る者誰もがくすぐったい思いに駆られるくらいに幸せそうな…笑顔を見せる時は、決まってシンによってなのだ。

それが分かる位に、ナギは彼女を見守って来ている。

「っ!?」

まさかに言い当てられて、一気に真っ赤に柔らかそうな頬が染めあがって、金魚のように口をぱくぱくさせ慌てふためく〇〇の姿は、これまた中々に見物だ。

思わずナギは彼らしくなくも噴き出してしまった。

「シンが、お前をからかって遊ぶ気持ちが、かなりわかるな」

「ナ…ナギさんまで、そんな」

珍しいナギの笑いとともに告げた台詞の内容に、拗ねたように唇を小さく〇〇が尖らせる。

恨めしそうにナギを見る、〇〇の大きな双眸が、自然と上目になるのでそれがまた可愛らしい。

そんな仕草をしてきても〇〇には、酒場の女が見せる媚態のように不快には感じない。彼女の気性故なのか。

女じみた印象よりも、小動物的な思わず気が緩む印象の方が勝つ。

素直な〇〇の反応は確かに楽しいが、あまりやりすぎれば片恋の身としては藪蛇になりかねない。

苦笑を飲み込んで、ナギは〇〇の頭をなだめるように軽くポンと撫でた。

ナギが微かに隠し損なった苦笑に気が付いたのか、それをどう思ったのか、急に〇〇が真剣な瞳になる。

「美味しそうって思ったのは嘘じゃないですよ」

生真面目な表情と声音で〇〇がナギを見上げて言った。

真摯に訴える彼女の大きな両の瞳の力が、矢張り一種罪作りである。

そして、そんな自覚などが全くないことも。

それでも矢張り、〇〇と会話を交わす事のできる時間は、大切な一時で。

「チョコバナナ、ヤマトのお祭り以来ですね」

ナギは、バナナをコーティングするチョコの種類を幾つか変えて作っていた。

オーソドックスな茶色のチョコの外に、白いのはホワイトチョコか、それに苺の果肉を混ぜて作ったらしきピンクのを見て、〇〇はまたシンの事を思い出して小さく微笑んでしまった。

トッピングもそれぞれ違う。〇〇は、しげしげとナギの手製のチョコバナナに、わくわくと見入る。

ナッツを散りばめたり、色とりどりのチョコのカラースプレーやアラザンを散りばめたもの、細かく砕いたドライフルーツをチョコに埋め込んであるのものなど、流石のナギの手腕に心から感嘆した。

しかし、何故急にチョコバナナなのだろうかと、〇〇が不思議に思ったのが表情に出てたのか、ナギがボソッと言う。

「ハヤテの奴が、そのヤマトの祭りで食べて気に入ったらしくてな」

ハヤテの要望を受けてナギは作ったらしい。

ヤマトの祭りの夜店で出る食べ物にも、ナギは持ち前の食への探究心を覗かせていたのを、〇〇は思い出す。

「ナギさんが作ったチョコバナナ、私も食べたいです。だって、絶対にとっても美味しいに決まってます!」

きっと、〇〇が知っているお店のどれよりも美味しいに違いないと、料理人の彼に寄せて揺るがない信頼で、〇〇は無邪気に言った。

ナギが照れくさそうに、でもどこか嬉しそうに「おう」とぶっきらぼうな口調で〇〇に応えてくれた。

しかも、それに続いてナギが、〇〇に本日のお茶の時間に振舞うべく作ったであろうチョコバナナを、いち早く勧めて来てくれた。

「好きなの選べ」

それはナギが今感じている微妙な照れくささを誤魔化す為でもあったのだが、並べたチョコバナナを〇〇に示す。

「え?」

「あー、その…だ。ハヤテや他の奴らが来たら、ゆっくり食べられないだろ。お前には…その、ちゃんと味見てほしいしな」

…とにかく俺は、一体何を言いたいんだと、内心困ってナギはバンダナをはぎ取って自分の頭をかきむしりたい気分になった。

「そうですか?じゃあ、頂きます!」

ナギの内心の葛藤も知る事なく、〇〇はどれもこれも美味しそうに並ぶチョコバナナを、どれにしようかなと、嬉しそうに選びだす。

しかしまあ、こういう時に限って鼻のきく…と思わずナギとしてもそう称してしまいたくなるタイミングで、賑やかにハヤテが登場してきたのだが。

「あー!!〇〇だけズリい!ナギ兄、ヤマトの祭りのやつ、俺が食いたいって言ったんじゃん!」

〇〇が、嬉し気に吟味して選んだ一本のチョコバナナを手にした瞬間に、厨房に飛び込んで来たハヤテの叫びが船に響き渡った。




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